ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

伯林春秋

「伯林春秋」という謎のレコードがあって、これはオークションに出たものだが、男声独唱の歌曲らしきものが吹き込まれているというので落とした。此処をご覧の諸兄はご存知の通り筆者は貴志康一に関係するものを蒐めているので、もしや此の盤も貴志関係であったら大変であると考えたからである。1931年にベルリンで録音されたところが如何にもそれらしく、結果から言えば紛らわしい代物であったのだが、しかし依然として「伯林春秋」が何ものであるかは未詳のままである。

字面が似ているのであるいは「伯林週報」http://www.ff.iij4u.or.jp/~katote/Berlin.htmlに関係するのではないかと考えたが、どうも反帝国主義を謳った内容というわけでもなく(伯林は当時「赤いベルリン」と呼ばれるほど共産主義が勢力を持っていたので、真赤なラベルもその故かと深読みしすぎた。)、寧ろ官寄りの匂いがする。思うに、退官することになった大使や武官や何かが記念のために吹き込んで頒布したレコードではなかろうか。

しかし、それにしても奇妙なレコードである。

A面の大半をピアノ前奏が占める。面の三分の二を過ぎた辺りから、明らかに初老のおっさんが大して上手くもない発声で歌い始める。B面は大半が歌で、小さな後奏がつく。

その歌曲というのが、実は昭和4年にニットーから発売された流行唄「夫婦喧嘩の唄」(川口松太郎作詩・篠原正雄作曲 井上起久子)のメロディーなのだから驚いてしまった。この唄は同年2月新譜で同じ条件によってオリエントでも発売されているので、あるいは松竹楽劇部の演目のナンバーなのかもしれない。どうしてこの唄を異国の地で風采の上がらなさそうなおっさんが吹き込んだのか知りようもないが、夫婦喧嘩の唄を、「日本からベルリンに渡って艱難辛苦を経ながら語学や社交を習得する」というストーリーにしてしまっている。実に詰まらないレコードである。だがこのおっさんが或いは案外著名な人物であったりしないとも限らないので、機会があれば調べてみたいと思うのである。

それにしてもこのブランデンブルク門にBERLINの綴りを配した真っ赤っ赤ラベルは迫力がある。レコードとしてはともかく、ラベルデザインとしては見ごたえがある。盤質やなにかの特徴からするとカール・リンドシュトレーム系のプレスと思しい。

↓こちらは元唄の「夫婦喧嘩の唄」。