ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

【新著出します】『幻のレコード 検閲と発禁の昭和』 (講談社)

新著発売のお知らせ

このほど11月1日に新著『幻のレコード 検閲と発禁の「昭和」』(講談社) が発売されます。30日以降、全国の書店に並ぶ予定です。定価2,100円 (税別)。
戦前流行歌 (戦後にも最終章で触れていますが)やレコード検閲にご興味がございましたら、ぜひ手にとってご覧くださいませ。
 

本書の成り立ちとレコード検閲について

このテーマは前著『日本 エロ・グロ・ナンセンス』 (講談社, 2016)から派生したものです。調べと執筆で正味7年かかったことになります。あまり実感がありませんが。
 大変だったのは禁止レコードのリスト作りでした。底本は内務省が内部向けに発行していた「出版警察報」でこれは復刻されていたりwebでも閲覧できたりで問題はないのですが、検閲による行政処分の区分が複雑で、その説明に苦心しました。また細かいミスもちょこちょこあるのです。
レコード検閲の手順や処分の区分は北支事変以降ぐんと変化した上にレコード取締の記録は昭和12年までで、それ以降の発禁はこの内報には頼れません。
また掲載される内容も行政処分に限られるので内閲によるウラの発禁、つまり発売中止(建前上はレコード会社の都合で発売中止)には触れられていません。それを知るには幾多の報道、レコード会社の社内資料に頼らないといけませんでした。
こうした事情が、従来、発売禁止リストの作られてこなかった理由だろうと思われます。
先行研究でも、研究者によるリスト作りがあるのはあったようですが、レコード検閲の複雑さに阻まれたようで正確な結論を出せておりませんでした。つまり、完成形の禁止リストはこれまで存在しませんでした。
したがって苦心してこしらえた禁止レコードリストを柱にして、レコード検閲のあり方の変化を追うというのが一つの筋書きとなっています。
 

今回の著作は

版元の事情で主要な校正作業がずれ込み、特に後半はかなりバタバタしました。
もともと膨大な原稿を100ページほど削る作業があったのですが、待ち時間ができると調べごとで新たにわかってくることもあります。誤記や直したい表現も出てきます。結局、ページを削ったのが意味ないレベルに原稿が膨らみ、上がってきた再校に無理やり新情報をねじこみました。編集者が「毛利さん粘りますねえ。いや物書きはかくあるべしです」と半ば呆れながら言いました。かなり無理を言ったのでご当人はそれどころではなかっただろうと思います。多謝。
その成果物が本書です。粘りに粘った結果、すべての挿図、索引、参考文献が吹っ飛びました。仕方ありません。追ってwebで公開する形になるでしょう。
 

小川近五郎という人物

レコード検閲をつぶさに追う過程で、レコード検閲をほぼ一手に引き受けていた小川近五郎という人物にいたく興味を惹かれました。
このひとは音楽好きが高じてレコード検閲係に抜擢されたような人なので、その検閲にもクセがあり、また「出版警察報」やマスコミのインタビューでも官僚らしからぬ人間味がふんぷんと表れています。そこで、小川近五郎の行状をまた一つのストーリーとして追いました。
小川はレコード検閲のスポークスマンとして新聞や雑誌のインタビューに頻繁に現われ、レコード検閲当局としての立場を語ったり、ときには自身の出自について語っています。四角四面ではない人間・小川近五郎と最終的に内務省検閲課レコード検閲官兼内閣情報局第四部情報官となった小川近五郎との板挟みになったジレンマが、結局は小川を中央に居られなくなったように筆者は考えます。
小川近五郎がレコードとどのような姿勢で対峙したか、迫りくる全体主義のなかでいかに動いたか、彼のレコード検閲の根底にあったのは何なのか? 一篇の人間ドラマとしてご覧ください。
 
最終章の「むすびに」は全体のバランス上、戦後の検閲のあり方をざっと現代にかけて述べました。筆者的にはその前の第九章がクライマックスです。最後に小川検閲官の知られざる素顔がちょこっと入れられたのが自分としては満足です。
本書によって戦前のレコード検閲の全貌を[ほぼ]描き出したつもりです。おそらくレコード検閲というものへのイメージも変わることでしょう。