ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

お伽芝居「狸の地蔵さん」ニットーお伽歌劇團

新種発掘。

 二村定一ディスコグラフィに新たな一枚が加わりました。ニットーお伽歌劇団「狸の地蔵さん」(大村主計=作詞、青山武夫=作曲 / 1934年12月新譜)です。


二村定一の名はレーベルに記載されていませんが、あの声は隠しようがありません。ここでの二村は狸ではなく寺の小僧の珍念役で、いたずらを仕掛けようとする狸を逆にへこます役回りです。お伽歌劇「あめや狸」(ニッポノホン、ビクター)で狸に化かされる二村が意趣返しをする形です。ニットーで二村は大車輪の活躍をみせる「ポン太郎あめ」という大傑作を吹き込んでいますが、この「狸のお地蔵さん」もそれに劣らぬ活躍ぶりです。

 

Nitto 6594-B


 興味深いのは二村の共演者です。ニットーの吹込帳簿には唄川幸子、ハラダコウゾウの名が記されています。唄川幸子は北村季久江(1913- ??)のステージネームです。彼女の父親は明治期から児童の音楽教育に尽力しお伽歌劇「ドンブラコ」などを作った北村季晴(1872-1931)で、北村児童歌劇協会を主宰していました。季久江は家族とともに吹き込んだ「人形病院」(ビクター 51979 / 1931年12月新譜)でレコードデビューしました。1932年、エノケン・二村の二人座長「ピエル・ブリヤント」に入座し、後から入ってきた妹の季佐江と姉妹コンビを組んで人気がありました。歌ってタップのできる姉妹です。北村季久江は本名で日本クリスタルに吹き込んだほか、唄川幸子のネームで「上海リル」などジャズソングを歌いました。
 二村定一に唄川幸子というピエル・ブリヤントの売れっ子揃いならば確実に売れそうなものなのですが、このレコードはなぜかニットーお伽歌劇団という覆面となりました。売れっ子のネームヴァリューが児童向けレコードには却って邪魔だったのでしょうか。

 なおニットーお伽歌劇団名義のレコードには他に「ナンキン豆助」(6629)がありますが、こちらの実体は金ノ鈴コドモ会で、児童向けレコードには他の二村の覆面録音はなさそうです。また、ニットーでの二村のお蔵入り録音は数種ほど記録がありますが、テスト盤で見つかることを祈るばかりです。

 

「狸の地蔵さん」内容紹介

珍念「…可愛い坊やを乗せるものに肩車があり子供をあやすに使いらるる風車がある、車の王は汽車である汽車の中には新聞記者と雑誌記者とがあるいずれも新しい知識と事件の百般を身に絡めつる(鉦)なまんだぶなまんだぶ……困ったときに乗るのを助け舟という白河夜船は夢の国へ行く舟で冬の炬燵でうつらうつらとこの船に乗るのはまことに心地よいものである和尚は特によくこの舟に乗るカチカチ山の狸が乗ったのは土舟で(鉦)……」
のっけから珍念(二村定一)がナンセンス味たっぷりなお経を唱えていると、和尚(ハラダコウゾウ)が団子を買ってこいといいつける。
和尚「なんだか変なお経らしかったぞ。まあいい。ときにお前、ご苦労だが町まで使いにいってきておくれ」
珍念「こんなに遅くなってからですか」
和「でもこんないいお月夜だから、道は昼間のように明るいよ」
珍「和尚さん、お月様は提灯ではございませんよ」
和「また理屈を言う。早く行っといで」
珍念は頭の切れる小僧という役回りらしい。和尚のいいつけで珍念は団子を買いに行く。その道中は二村の独壇場で
〽お寺の和尚さん団子がお好き 朝に9つお昼に7つ夜に5つで夜中に4つ、合間合間に2つか3つ どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょにコラサ
と小気味よく軽妙に歌う。
伴奏のニットーオーケストラはサックスやバンジョー、ドラムスの入ったジャズバンド仕立てで、子供相手だからと手を抜かずにジャズっているので全てはリズミカルにスピーディーにことが運ばれる。
団子屋での注文も剽軽に
〽甘いあんこのお団子十三七つ からいお団子十三七つ あんこもなんにもつかないお団子やはり揃えて十三七つ
と、和尚さんは団子が大好きなのでリズミカルに都合60個も団子を買った。
帰り際、団子屋は「この辺には狸が出るから化かされないように」と珍念さんに忠告する。ここまでがA面。

B面は上手いサックスの加わったちんどん屋で始まる。その正体は狸(唄川幸子)である。
「オヤちんどん屋が来た。はてな。こんなお月夜に。はてな。あ、成程さては狸め化けて出たな。よろしい。化かされたふりをして歌を歌ってやろう」

〽たんたら狸のちんどん屋 とんがり烏帽子まだら足袋 背中に幟を振り立てて チンカラチンカラちんどん屋

ここで唄川幸子の狸が登場する。唄川はジャズソングを歌うとフラッパーっぽさが強めに感じられる声域の広い歌手だが、ここでは愛嬌のある愛くるしい声が引き立っている。そんな声だから地蔵に化けて神妙にしゃべっているのがなんとなく可笑しい。
狸「オヤ、俺の歌を歌ってくる小僧がいる。こりゃいけない。珍念めに覚られたかな。こいつはいけない。そんなら急いで地蔵さんに化けてやろう」珍「オヤ、こんなところに急に地蔵さんができたぞ。不思議だ不思議だ」
狸「これこれ、そこを通る珍念や。このあらたかなお地蔵さんにたくさんお団子をあげてゆけよ」
珍「はて、これはいよいよ不思議だ。お地蔵さんがものを言ったぞ」
狸「生き地蔵であるぞよ。急いでお団子を上げればよし。さもないと生き地蔵のバチが当たるぞ」
新興宗教のはじまりである。が珍念はだまされない。
珍「はいはい、それなら上げましょう。けれども生き地蔵さんなら歌が歌えましょう。生き地蔵さんの歌はまだ一度も聞いたことがありませんから、ぜひ一度お聞かせください」
狸「よしよし、それなら歌ってやる」
〽竹は竹箒 夜は夜星 つつじ山道月夜道 地蔵さんも疲れりゃ腹が空く 早く供えろお団子を

ジャズソングの歌いまわしが出てきて唄川ファンには嬉しい箇所だが彼女が歌うのはこの一回きり。

「これはこれは素敵な歌地蔵さん、あたしも一つ歌ってみましょう」
なぜか化かし化かされる関係が歌合戦に転化するシュールさはべーちゃんが絡んだお伽歌劇ならではだろう。
〽お団子だまして盗るのはよしな 化けた地蔵さんにゃ尻尾がござる 団子ほしけりゃお月様に化けな よいと よいとさのよいとこらさ
〽お月様に のあたりは都々逸っぽい粋な歌いまわしだ。
歌合戦で狸は「珍念め覚ったな。こいつあいけないぞ」と退散する。珍念が「かえって珍念さんに化かされたろう」と笑っていると、向こうから提灯を提げた和尚さんがやってきた。
和尚「これこれ珍念や、ばかに帰りが遅いではないか。もしや狸にでもだまされてお団子を取られやしなかったかい」
珍念「おや、このいいお月夜に提灯をちけてくるとは、これも変だぞ……ハイ、実は今ついこの先の山道で狐に化かされてみんな取られてしまいました」
和「むっそれは大変だ。どっちの方へその狐は逃げていったな」
珍「は、たしかに峠の向こうへ下っていきました」
和「そうか。わしが探しに行ってくる。お前は急いで先に寺へ帰っておれ」
珍「ワハハハハうまくいったぞ。」
〽お団子だまして盗るのはよしな 化けた和尚さんには尻尾がござる よいと よいとさのよいとこらさ


二村のお伽歌劇ものはたいがい狸に化かされる役回りなのだが、このお伽芝居では珍しく狸を化かしおおせた。挿入歌の多さからもわかるように二村定一がお得意のコミカルなトボケや小唄の歌いまわしを駆使しまくるレコードである。ポンチ絵めいたワールドが展開する「ポン太郎あめ」や「福助 頭売り物」の超ナンセンス独演会にはあと一歩及ばないが、べーちゃんの魅力が盛りだくさんな一枚だ。教訓らしいものが一切ないのも二村らしくてよい。