ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

『SPレコード入門』一年記念

『SPレコード入門 基礎知識から史料活用まで』(スタイルノート)を上梓して一年が経ちました。

SPレコードを手に取るファンは、アナログブームを支える数多くのLPレコード愛好家に比較すれば、決して多いとはいえないかもしれません。
ただし以前に比べてSPレコードに参入する新規コレクターや公的機関はまちがいなく増加しています。
SPレコードのコレクターなんて全国かき集めても絶対的少数派」というのはもはや過去の話です。
刊行一週間で本書が増刷となったのが、その現れでしょう。二刷となってから現在もなお本書は少しずつではありますが売れ続けています。

『調べる技術』(皓星社)の小林正樹氏がいみじくも ”タイトルに「入門」とありますが、正確には「研究ハンドブック」です。”  (小林正樹が選んだ「調べの本」50選) と述べられたように、本書はSPレコードの初心者向けの扱い方ガイドと、上級者向けのカタログ番号や刻印の読み方、関連文献やベータベース案内という広範な範囲の読者層を想定して作られました。

もともとは、SPレコードを所蔵するもののどう扱ったらよいか、盤面のデータをどのように読んだらよいかを知りたい学芸員・司書のためにまとめることを念頭に置いていました。 そのため、国立国会図書館・音響映像資料室で10年にわたってSPレコード関連の資料整理に携わってこられたSさんの助言協力も得ました。

しかし学芸員や司書でも迷う事柄は、ごく一般的なSPレコード初心者にも当てはまります。そこで、基礎知識(初心者)から史料活用(上級者)まで、というやや万能味のただよう企画にしました。

レコードを集めている人でも、存外ナンバリングや刻印についてはおぼろげにしか知らないことが多いものです。一家言あるコレクターですら、うろ覚えだったり勘違いしていたりすることもしばしばあります。まずは基本的データについて確実な情報を紙媒体で固定することが必要だと感じていました。その第一段階は、本書である程度達することができました(原盤番号リストだけは更なる正確さ細かさを期して今回の本から外しました)。

ただ、万能味のある豊富な目次にしたため、充分に言及できなかったことや、紙幅の関係でばっさりカットした項目もあります。商業本というのは一部のコアな読者よりも、幅広い多数の読者に伝わらねばなりません。そのため構成をわかり易くするのに大変気を使いましたし、泣く泣くオミットした情報も多々あります。
もし許されるならば、今後、ページ数を増やしてより情報量の多いガイドに改訂できれば、と願います。

反響としては圧倒的に好意的な評価が多いのですが、中には「ここを攻めるか」というご意見もあります。
たとえば「ロシアのレコードのナンバー/刻印情報が入ってない」というご意見がありました。
これは、本書をあくまで「日本国内のレコード」を対象として編んだためです。戦前から日本に輸入されたレコードの多くはアメリカ、欧州の製品でした。国内に現存するレコードも同様で、ロシア/ソビエトから入ってきたレコードはあるのはありますが、詳細なデータを附せねばならないほど多くはありません。
したがって海外のレコードについては、国内プレスでも多く見受けられる英HMVや独グラモフォン、コロムビア系のデータに重きを置きました。オデオンなどカール・リンドストレーム系の原盤番号まで収めることができなかったのは心残りのひとつ。

またアジアのレーベルについては、力不足で雑な概要になってしまいました。改訂する機会があるなら、その後の勉強で得た情報で書き直したいパートです。

レコードスリーブもレコードの付属物として看過しがたい史料ですが、このパートを省いてしまったのは後悔しました。スリーブについては別媒体でまとめたので、「今回はまあいいか」と省いてしまったのです。

いまひとつ解せないのが「字が細かくて情報を詰め込んでいるので読めない」というご意見。一般書レベルのポイントを使いましたが……メガネをかけてください。

なにぶんSPレコードに関する雑多で多分野な情報をなるだけ読みやすいように構成したため、力不足な点もちらほらあります。
たとえば音響機器の歴史については決して詳しい方ではありませんし、古い文献に頼ったため現在となっては誤まった情報を記してしまった箇所もあります。完璧な記述というのは実に困難なものです。

それでも、SPレコードを一日から十まで知るための構成は示せたのではないかと考えています。この雛形に新しい情報や正しい情報を加えていけば、自分だけのレコード事典が作れるのです。

私はいま現在、新著の校正の真っ只中です。7月には新しいご報告ができるでしょう。
今度もSPレコードの本です。