ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

La Folia

コレルリの「ラ・フォリア」"La Folia"といえば、ジョルジュ・エネスコの神品的なレコード"Folies D'espagne"と、エネスコに薫陶を受けたユーディ・メニューインの若々しい伸びやかな演奏のレコードを想起させるが、1938年に日本でこの曲の重要なレコードが作られたことを忘れてはならない。

アレクサンダー・モギレフスキー Alexander Moguilewsky(1885-1953)はロシア出身のすぐれたヴァイオリニストで、ヨーロッパことにフランスで高い評価を受けていた演奏家である。しかし1926年(大正15)に初来日してリサイタルを行ない、再来日をした1928年から日本に定住して、以後亡くなるまで日本で門下生、学生の教授に尽くした、日本音楽界の恩人というべきヴァイオリニストである。

この「ラ・フォリア」はモギレフスキー自身の編曲が用いられている。グルジマリ門下のモギレフスキーらしいロシア的な憂愁の濃いアレンジでたっぷりと聴かせてくれる。モギレフスキーは経済難から昭和10年代に愛器のグヲルネリを手放し、以後は代用の宮本金八製作のヴァイオリンを「私のグワルネリ」と自嘲気味に呼んで弾いていたそうだが、このレコードではそのような楽器のハンディは感じられない。美しい楽音である。

当時発売されていた「ラ・フォリア」のほかのレコードは12吋2面で完結しているが、モギレフスキーの版は3面を要する。余った最終面ではチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の第二楽章・カンツォネッタを弾いている。実はこれが有りがたい録音であって、大正15年の初来日時に彼はチャイコフスキーの協奏曲を弾いているのだが、それが日本に於ける同曲の初演だったのである。逆に言えば当時、この協奏曲を弾ける演奏家が国内にいなかったということである。些細ながら、モギレフスキーが日本に刻んだ足跡として記念的なレコードといえるだろう。こちらの演奏もまことに民族的雰囲気の濃厚な素晴らしい演奏である。

伴奏は、ラベルには記されていないが、彼の最初の夫人、ナジデタ・ロイヒテンベルク Nadine Leuchtenbergだということである。