ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

ロゼとサラサーテ

座右に置いてあるものから、二つのヴァイオリンのレコードを取り上げたい。

ひとつは、マーラー時代から1938年までウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を絶対的にリードし続けたコンサートマスター、アーノルト・ロゼ Arnold Rosé(1863-1946)のG&T盤である。1902年、ウィーンで録音された。

曲は、サラサーテの「スペイン舞曲 第8番」である。因みにスタンパーは�U版である。

復刻CDでも聴くことができるこの演奏は、まことに典雅であり、洗練を極めていて荒々しい野性がなく、あたかも決闘に臨む貴族のような趣きがあって、僕の座右盤である。楽音の美しさはいうまでもない。

もう一枚はサラサーテ Pablo de Sarasate(1844-1906)の古いレコードである。

スペイン産の名ヴァイオリニストで、今日ではヴァイオリン曲の作曲家として知られているパブロ・デ・サラサーテには、9面のヴァイオリン独奏レコードがある。さらに一本のシリンダーを残したが、1898年に録音されたという"Zigeunerweisen"のパテシリンダーは、今日では失われてしまっている。

さて9面のうち7曲は自作であるが、残りの二つの録音のうち一つはバッハのプレリュードであり、もう一つは、ショパンの「ノクターン Op.9-2」をサラサーテがヴァイオリン独奏用に編曲した、このレコードである。昔から自作の"Zapateado"とこの盤は珍盤として扱われてきたが、確かにこの盤の外周にあるスタンパーは初版のそれであり、あるいはセカンドプレスまでもいかなかったのかもしれない。

こちらもG&Tで、1904年、巴里でO.Goldschmidtのpf.伴奏により吹き込まれた。

その編曲された「ノクターン」に、もっとも提琴家としてのサラサーテの面影が窺われるように、僕は思う。ここでのサラサーテはどっしりとして、彼の演奏が重厚な味も備えていたことを教えてくれる。

これらの二人のヴァイオリニストは、同じ時代の空気の中で、おなじ演奏様式、美的センスに則って演奏した。

昔、おおいに触発された中村稔氏の言葉によれば、それは世紀末の人工美であり、修飾技法に重きを置く世代の演奏であり、「匂いのない薔薇」である。

ラベルをこうして並べると一種、稀覯書の表紙ででもあるような時代のついた古雅な雰囲気に覆われているが、そこから出る音によって二十一世紀の我々が官能を支配されるのは、まことに不思議な感じがする。