ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

日本ポリドールのフランス・ホット・クラブ五重奏団

ちょっと洋楽系のSP盤について述べてみたい。 この分野ではルーツ・ミュージックからラテン、ブルース、マヌーシュ・スウィング(いわゆるジプシー・スウィング)などなど、「喫茶ガロート」の博識多才なるpeiさんの足許にも及ばず教わることばかりなのだが、さいわい僕のコレクションに戦前のLucky盤やPolydor盤のごきげんなところが含まれているので、1930年代当時の日本のジャズ事情として拙著「ニッポン・スウィング・タイム」を補完する意味合いで纏めようと思い立ったのである。 ロマ系の民族音楽とメカニックで優美なスウィング・ジャズが融合したジプシー・スウィングは、フランス・ホット・クラブ五重奏団 Le Quintette du Hot Club de France (以下QHCF)によって確立された。(註1) QHCFはロマの旅芸人の子として生まれたジャンゴ・ラインハルト Django Reinhardt(g. 1910-53)ステファン・グラッペリ Stéphane Grappelly(vn. 1908-97)の邂逅から生まれた。ジャンゴは事故で左手の指2本が使えないというハンディキャップを克服して独自のコード進行を駆使した奏法を編み出し、盟友のグラッペリとともにギター3台、ヴァイオリン、ベース(時にはヴォーカルやゲストソリストを加えた)というストリングス編成のジプシー・スウィングを創始したのである。 1934年に結成されたQHCFは1939年に解散するまでに仏Gramophone、仏UltraphoneSWING、英Decca などで旺盛な録音活動を行なった。うち仏Gramophone社への録音は、日本ビクターからも7枚14面がリリースされた。 日本でQHCFがお目見えしたのは1937年4月新譜の”Limehouse Blues” “I Can’t Give You Anything But Love”(JA856)であったが、その日本盤デビューで既に『これはヴァイオリンのステファン・グラペリー、ギター(独奏)のジャンゴ・ラインハート、ルイズ・ヴオラ、ベースのシャーぺと云つた絃のプレヤー中の猛者ばかりを集めたジャズである。この中のヴァイオリンとギター独奏のラインハートは優秀なテクニシアン(ラインハートはジプシーの出身)』(大井蛇津郎 レコード音楽37年4月号)と簡潔ながら要所を押さえた紹介がなされている。これは1934,35年からほぼリアルタイムでフランス盤、あるいは米英の系列レーベルによるプレスが輸入されていたためで、日本盤がリリースされる以前より心あるジャズ・ファンはジャズ喫茶や個人輸入でQHCFの魅力を知悉していた。 日本ビクターに次いで日本ポリドールもまたQHCFの録音を順次リリースし始めた。 このポリドール・シリーズでは仏Ultraphoneおよび英Decca原盤をプレスしている。仏Ultraphoneはレーベルの成り立ちからいえば我が国ではキングレコード洋楽部(=日本テレフンケン)からリリースされるのが筋であるが、仏Ultraphone原盤が米英Deccaでプレスされている関係から、両Deccaと原盤提携をしていた日本ポリドールが原盤権を獲得した。(註2) 寄り道になるが、日本ポリドールが米Deccaと原盤提携契約を結んだのは1934年のことである。この年は、タイヘイ、ラッキーもARC(American Record Corporation)と原盤契約を結んだことでも記憶されよう。先行する外資系のビクター、コロムビアに加えてこれらのアメリカン・ルートが拓けたことで日本のジャズシーンは、それまで以上に一気にアメリカンナイズされることとなる。この時期はアメリカでもちょうどスウィング時代に突入するタイミングで、日本に於いてもほぼリアルタイムにSwingという言葉を使い始めたのである。(具体的には1936年秋以降、JOAKの有坂愛彦など放送人が音楽雑誌などで導入した。) さて、ここからが本題の「日本ポリドールのフランス・ホット・クラブ五重奏団」である。 QHFCは仏Gramophone社へも同時期に並行して録音していたが、録音契約の兼ね合いで時期が重なるウルトラフォンやデッカではQHCF名義は使えず、Stephane Grappelly and his Hot Four (Featuring: Django Reinhardt) という表記となり日本盤もそれを踏襲した。 A142 (1937年8月新譜) “Clouds” 1935年7月パリ録音 Ultraphone AP1511  S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Pierre “Ballo” Ferret(g), Louis Vola(b) Avalon 1935年7月パリ録音 Ultraphone AP1511 S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Pierre “Ballo” Ferret(g), Louis Vola(b), Arthur Briggs, Alphonse Cox, Pierre Allier(tp), Eugène d’Hellemmes(tb) A197 (1938年1月新譜) “Ultrafox” 1935年4月パリ録音 Ultraphone AP1484 “Lilly Belle May June” 1935年3月6日パリ録音 Ultraphone AP1444  S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Roger Chaput(g), Joseph Reinhardt(g), Louis Vola(b), Jerry Mengo(vo Lilly Belle May Juneのみ) A230 (1938年4月新譜) “Some of These Days” 1935年9月パリ録音 Ultraphone AP1548 “Djangology” 1935年9月パリ録音 Ultraphone AP1548  S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Pierre “Ballo” Ferret(g), Louis Vola(b)  この3枚6面は仏Ultraphone原盤。“Djangology”(ジャンゴロジー)はラベル上では「ドヤンゴロジー」と表記されているのがご愛嬌。内周の鏡面にはUltraphoneの77000番台マトリックスが刻印されているが、12時の方向にはDECCA原盤であることを示す刻印がある。 A315 (1938年12月新譜) Honey Suckle Rose” 1938年1月31日ロンドン録音 Decca F6639 “Souvenir” 1938年1月31日ロンドン録音 Decca F6639  S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Roger Chaput(g), Eugène Vées(g), Louis Vola(b)  A315とA354の2枚4面は英Decca原盤で、マトリックスDTBの規格である。  ラベルでの楽団表記はStephane Grappelly and his Quintetとなっている。 A354 (1939年5月新譜) “Night and Day” 1938年1月31日ロンドン録音 Decca F6616 “Stompin at Decca” 1938年1月31日ロンドン録音 Decca F6616  S.Grappelly(v), Jango.Reinhardt(g-solo), Roger Chaput(g), Eugène Vées(g), Louis Vola(b) ところで日本ポリドールは1937年6月新譜から、それまでポピュラー洋楽盤に充てていた15000番台のナンバリングを改新してA番台をスタートさせた。そうして、それと同時に英Deccaのスリーヴデザインをそっくりそのまま使った洋楽専用スリーヴを採用した。特別漉きだという真紅の袋の紙質は本家Deccaよりやや厚手だ。米Deccaのデザインを取り入れたポリのブルーラベルを収めると少し紛らわしいが、もちろん意図的な模倣であろう。(このスリーヴデザインは2年ほどで廃止されたが、戦後の占領期に粗末な紙質ながら再登場した) 註1) 戦前から日本では「フランス・ホット・クラブ五重奏団」の名で愛された。野川香文が編著に加わった「軽音楽とそのレコード」(1938年10月5日発行 三省堂)ではなぜか「フランス・ホット五重奏団となっているが、これはうっかりミスだろう。なお外字の綴りも英語のQuintette of Hot Club of Franceではなく仏語の(Le) Quintette du Hot Club de Franceであるところが、いかにも原典主義を重んじた戦前らしい。 註2) 1929年、ドイツで設立されたUltraphonは翌年、フランスにも展開した。1932年にUltraphonTelefunken社に買収されて同社のブランドがTelefunkenとなったのちもフランスおよび東欧の系列レーベルはUltraphoneブランドのまま業務を続けた。一方、Telefunken Schallplatten GmbH大日本雄弁会講談社のレコード部門であったキングレコードが独立する際、原盤契約を結んで同社の洋楽ブランド・日本テレフンケンにドイツ・フランス録音の洋楽原盤を提供した。