ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

二村定一の流行歌二題

「当世男気質」 野村俊夫作詩、奥山貞吉作曲・編曲 丸山和歌子、コロムビア・オーケストラ 1933年3月新譜  二村定一コロムビアにおける最後期の録音である。ナンセンス小唄と銘打たれている。丸山和歌子との共唱だが、丸山は各リフレインの最後のフレーズを二村と仲よく合唱するだけだ。  行進曲調の曲で、6小節の勇壮活発なイントロがある。すぐにヴォーカルが入り、二番まで立て続けに歌われる。二番のあとに強壮ドリンク剤のCMをおもわせるメロディーの間奏がトランペットで入る。この間奏は四番のあとにもオーボエで入り、終結する。  コロムビア・オーケストラはピッコロ、フルート、オーボエ、アルト、トランペット、バンジョー、ベース楽器から成る編成で、いつものコロムビア・ジャズバンドのパーソナリティーとは異なる。新交響楽団のメンバーが主となっているようである。  このころ、新交響楽団は各レーベルに楽員をエキストラとして割り振っていた。フルートの宮田清蔵、トランペットの斎藤広義、ピアノの上田仁などはコロムビアに、フルートの高麗貞道やドラムの栗原進次などはポリドールに派遣された。これは幾つかのパートのトップ奏者が仕切って割り振りを決め、ギャラの上澄みもハネていたのである。  歌詞は「当世男はお洒落で見栄だけど、女の姿形より金力になびく」「刹那的な恋人も一夜妻も手切れ金は月賦で払う」「月賦でムリな算段してええ格好してカフェーに通う。首がまわらないけど気にしない」といった、拝金主義といえば格好がいいが金にえげつないケチな男の生態を描いた歌である。  おなじ金をテーマにした唄でも、「ヅボン二つ」や「もぐりの唄」のように楽天的で正体不明瞭なキャラクターであったら面白いナンセンスソングに仕上がるのだが、二村のコミック物としては物足りなさが残る。二村の歌唱も例によって例のごとく器用で表情豊かだが、ルーティンワーク気味で神が降りていない。器用さで却って小じんまりと纏まってしまった感がある。 「街の相棒」 宮本旅人作詞、平岡照章作曲、井田一郎編曲 キング・サロン・オーケストラ 1936年10月新譜  二村定一のレコードとしては後期のもので、このキング盤のあとには(今のところ)タイヘイに三曲あるのみである。1930年からポリドールにレコード制作を委託していたキングは1936年にレーベルとして独立した。その際、グレンツェバッハが開発したドイツテレフンケンの録音システムを導入し、たいへん鮮明な音質で他の既存メジャー社に伍した。独立後のキングでの二村盤はこの一曲のみで、幸いにもすぐれた録音システムで残された二村の声は実にリアルだ。  酒場で会った見知らぬ相手と意気投合するという、二村では「北極星の下で」(オーゴン)に通じるテーマである。二村の歌唱は酔っ払いで終始しており、こちらは酔っ払いの芝居気が板についている。最初聴いたときはエノケンの芸風をなぞっているように感ぜられた。この時期、彼はまだ人気の頂点にいたとはいえエノケンの人気に水を開けられはじめ、ピエル・ブリヤントで孤立を深めつつあったから、あるいは意識してエノケンの芸風を模倣しキャラクターの多才さをアピールしたのかもしれない。(奇遇だがこの盤と同時に「エノケンのダイナ」がポリドールからリリースされている。)歌の後半に進むにしたがって酔いが深くなるところが芸が細かいが、最後の笑い声はとってつけたようでよくない。  キング・サロン・オーケストラは、アルトサックス、トランペット、トロンボーン、ギター、ドラムス、ベース、ヴァイオリン、から成る。ポリドールでの委託製作から独立したばかりのキングは山田貴四郎 sax、橘川正 tp、宇川隆三g、松田孝義bs、本堂藤蔵vnなどから成るジャズバンドを編み、これに桜井潔vnやアコーディオンの杉井幸一らを加えてジャズにもラテンにも堪能なオーケストラにした。  井田一郎はこのころラテン系のアレンジばかりしていたが、久しぶりにティピカルなコンボを手がけて張り切ったようだ、各パートの絡みが楽しい演奏である。