ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

日本のデコ・デザイン

レコードではないが、趣味で蒐めている楽譜について。先日入手した楽譜二点を紹介したい。

ひとつ目は1929年6月発行の白眉楽譜。

白眉楽譜ではこの年、伊庭孝の訳詩ジャズソングをシリーズでリリースしており(といっても確認した限りではほんの数曲のみだが)、その一種が、この「月光値千金」である。

同シリーズはナカヤというデザイナーの装丁で華美に彩られている。シリーズのほかの楽譜も出ていたが獲得できたのは、この一種のみ。ただし、色彩的デザイン的にはもっともすぐれており、競ったのも無理はなかろう。いずれ、他の楽譜も手に入れたいものだ。

このナカヤという人のデザイン楽譜は、いずれも美女の顔、凝った衣装がフューチャーされている。デザインは大胆でロマンチックである。おそらくこのセンスはアメリカの雑誌の表紙などからヒントを得たのではないだろうか。

先に記したように、背景、構図、全体を蔽う雰囲気などから僕はとにかく「月光値千金」だけは手に入れたかったので、他を犠牲にした。月明かりでタイトル文字が色変わりするようなモダンさは、ほかの楽譜にはない特徴であった。

もう一種は、1929年8月に出版された「ブロードウェイ・ルロディー」の主題歌楽譜である。

こちらは僕の専門に蒐めているシンフォニー楽譜だが、やはり伊庭孝の訳詩である。

「ブロードウェイ・メロディー」"Broadway Melody of 1929"といえば、第1回アカデミー賞をど汚い裏事情で獲得した名画として知られている。アカデミー賞がその後浄化されたか否かについては、ここでは触れる暇がない。メリケン風ご都合主義で無理やり終わるこの映画はしかし、同名の主題歌が世界的にヒットしたことでもよく知られている。

この楽譜は、その有名な「ブロードウェイ・メロディー」ではなく、映画の中のほかの唄だが、まあブロードウェイメロディーにはちがいない。

こちらはシンフォニー楽譜で斎藤佳三、須山ひろしとともに活躍していたデザイナー、ふみによる装丁である。

踊り子にフットライトに摩天楼という、これこそデコ調の最尖端!というような突き抜けたデザインで色彩にも目を奪われるが、なんと美女の持つ風船?に書き込まれた「小唄」ですべてぶち壊しになっている。

冷静に考えると、「小唄」などと書いた玉をスマートな美女がかかげて澄ましているのであり、シュールというか馬鹿馬鹿しいというか、クリスマスパーティーの如き一種浮ついた空気に支配された世界である。

ブロードウェイという文字にも若干泥臭さがあるが、それよりも横文字でBROADWAY MELODYと書かれたその字体を見ると、まるでバブル期にでも立ち戻ったような既視感をおぼえる。女の浮かれ具合といい、軽薄な豪華さをかもすレタリングといい、昭和初期のバブル的雰囲気が、ここには色濃く反映しているのである。

画像では明るく出すぎているが、ブルーグレーはもっと深く濃い。

出所も面白い。これらは歌手の小林千代子の所蔵していたものなのである。