ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

「椰子の葉蔭に」「毎晩見る夢」

久しぶりに探求盤が手元へ来た。

二村定一は1928年から31年にかけて、ビクターへ69面のレコードを録音しているが、その末期のレコードはなかなか手に入りがたい。ビクターへの録音の最後の二つはまだ手に入らないでいる。だからといって珍品と見なされるとは限らないところが、レコード蒐集の難しいというか面白いところだ。このレコードは高校時代以来、十数年ぶりに差し替えができた一枚である。

「椰子の葉蔭に」「毎晩見る夢」は、それぞれフリムルの「アラーの神の安息日」”Allah’s Holiday”、リストの「愛の夢」”Liebestraum”が原曲である。ともに1920年代にアメリカのダンスオーケストラが思い思いにフォックストロットのアレンジを施しており、Joseph C. Smith Orchestraやテッド・ルイスバンドなどのレコードによって日本でも愛好されていた。

「椰子の葉蔭に」は、強力なドラムスの連打とシンバル、ウッドブロックの装飾音で曲が始まる。ドラムスの前奏を追ってリズムを刻み始めるベースはトロンボーンや弦ベースではなく、テューバである。カアイジャズバンドのビクター後期の特徴として、テューバスーザフォンを伴ったリズム陣の強化が挙げられる。小コンボ編成が多かったビクターのレコーディングバンドとしては珍しいことであり、これは低音部の充実していたコロムビアジャズバンドへの対抗的な編成のように思われる。

その重厚な安定感のあるリズム陣に乗って、サックスとクラリネットでエキゾチックな前奏が短く現われる。滑り込むように入る二村の歌唱は息の長い歌詞を一気に歌い上げ、転調部からのテーマをヴァイオリンの助奏を伴って味わい深く表現する。後半の高音部はやや苦しそうである。後奏はリズム陣が後退し、リード陣とサックスのかもし出すやわらかいサウンドの独壇場である。

アレンジは異なるが、おそらくこのテッド・ルイスのレコードをカアイも範としたと思われるので、参考にはなるだろう。

参考

http://www.redhotjazz.com/tlband.html

Ted Lewis Band “Allah’s Holiday” 1928

愛の夢」はポール・ホワイトマンのアレンジが有名だった。ホワイトマン楽団のレコードは12吋の長大なものだったが、それをカアイは10吋用に手際よくまとめている。

演奏はホワイトマン楽団風であり、ここでもテューバの刻むリズムが終始一貫している。

冒頭、やさしくクラリネット、続いてヴァイオリンのソロがある。それからピアノの装飾音符を散らしてローリングする特徴的なアレンジに乗って、二村の歌唱が入るが、このレコードの二村は、おそらく彼のレコード中でもっとも高音部を駆使した歌唱であろう。彼の声域の限界いっぱいまで使って表現されている。二村のレコードの中では特に彼の技巧味と美しい声が楽しめる一枚だ。

後奏は、サックスが絡みあいながらトランペットとヴァイオリンでフレーズを通し演奏し、トランペットの高らかなソロがすこし入って、全合奏で締められる。この時期のカアイバンドは強いリズムをたたき出すドラムスがサウンドの特徴だが、文献上はもうちょっと後に加入する田中和男がすでに入っていたのかもしれない。

参考

http://www.redhotjazz.com/pwo.html

Paul Whiteman Orchestra “Liebestraum” 1928

両面ともカアイバンドは完全にハワイアンを離れて、コロムビアジャズバンド風のビッグバンドを意識した音作りとなっているのが特徴的であり、それは成功している。この種のジャズレコードをより多く残しておいてくれたら有り難かったのだが、ビクターはその後、サロンオーケストラ風の上品なバンドをメインに抱えるので、このようなテクニカルでスケールの大きい演奏が少なくなったのが残念だ。