ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

天神祭どんどこの唄

1930年8月新譜。

このレコードは大阪にとっては色々と面白い見所のあるレコードである。

天神祭を題材とした流行歌という点ではもっとも初期のものに属するし、最近あまり華々しくないにしても一応復活した松竹歌劇団の前身である松竹楽劇部のレヴューで歌われたのも、いかにもそれらしいし、作詩が大阪で劇作家、俳人として鳴らした食満南北というところが嬉しいに違いない。作曲は「さくら咲く国」の松本四良。松竹管弦楽団の指揮者で、楽劇部の座付き作曲家であった。おなじ座付き作家の塩尻精八が情緒の豊かな作曲をするのに対して、松本はリズムを強調した明るい曲が多い。

少しだけ紐解くと、実は大阪の夏を彩る天神祭のなかの鉾流神事が江戸時代に途絶えて以来、約三百年ぶりに再開されたのが、昭和5年、1930年のことである。そして、復活の運動をしたのが食満南北であった。松竹楽劇部は天神祭にとって歴史的な一頁をレヴューにして祝ったのであった。このレコードのタイトルは、天満宮の船渡御をお迎えするどんどこ船に由来しているが、神事を含めた天神祭り全体を歌った内容となっている。

田谷力三が、年齢に関係なくへろへろ声で威勢よく歌っている。楽劇部女生徒の掛け声が可愛い。松竹少女歌劇のごく初期の録音はあまり年齢を感じさせないのだが、このレコードは珍しく10代の少女ぽさが躍動している。日本オデオンの邦楽新譜二回目の盤でもあり、その点でも珍しいものかと思う。日本オデオンは詰まらないレコードと面白いレコードの落差が激しいが、これなどは上記の由縁からみて、浅沼稲次郎の演説盤や徳川夢聲、松崎天民浪花節に伍して面白い方だろう。

入手次第について語るのは如何にも無粋であるが、この盤の為に有為な知己を一人失ったのは誠に残念で、音盤とは因果な代物であると痛感する。目が眩むと人間は損得も見えず人を憎むようになる。ゆめゆめ溺れないようにせねばならぬ。