ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

二村定一のレコード 10

「浅草見物」(佐々紅華 作 並 指導)

 高井ルビー 二村定一 ニッポノホン オーケストラ

 1926(大正15)年2月新譜

 麻生豊の漫画「ノンキナトウサン」を思わせる子供じみた父さん(=二村定一)と、しっかりした娘の春子(=高井ルビー)が連れ立って浅草を遊び歩くというシンプルな構成。売れっ子の高井ルビー(22歳)と、浅草オペラではかなり異質な個性であった二村定一(26歳)が、非日常的世界を紡ぎだす。

ニッポノホンオーケストラは、フルート、オーボエコルネットテューバ(?)、ヴァイオリン、弦ベース、ピアノ、擬音(鈴など)。お伽歌劇の伴奏は概してこのくらいの小規模な編成である。

 父さんは春子に「日曜だし天気もいいから遊びに出かけよう」と持ちかける。話がまとまって父子は浅草に行くことになる。レコードのいいところは、ストーリーを唄ですっとばせるところだ。歌っている間にたちまち市電で浅草に着いた二人は、浅草寺から花屋敷を遊弋する。

 浅草寺では鳩ポッポのおもちゃを売る婆さんとちょっとした会話があり、春子の唱歌「鳩ポッポ」(東くめ=作詞、瀧廉太郎=作曲)へと流れる。この鳩の玩具売りは実在する婆さんで、当時は浅草寺の名物であった。父さんは「この玩具はいくらです?」と尋ねて「ハイ一つ5銭です」と聞くと「おお、高い。高いポッポ、高いポッポ」と憎まれ口を叩く。大人げない。

 このあと仲見世の寸景がはさまる。お汁粉屋、ゆで玉子屋、アイスクリーム、炒り豆の店から呼び込みの声がかかる。この箇所のBGMはおどろおどろしいミステリオーソで、どういうわけか子猫の鳴き声がニャーニャーと入る。猫が多かったのだろう。

 B面では父子が花屋敷に入場している。花やしき遊園地は当時、活き人形、山雀の芸当、西洋操り人形、ライオン、虎、白熊などの飼育動物、木馬館(メリーゴラウンド)が売りであり、呼び込みにも含まれている。操り人形のくだりが二人の掛け合いで唄となっている。

 見せ物を堪能した親子は花屋敷を出て、ひょうたん池の方面へ歩く。佐々紅華の視線は「〽十にもならない幼子が 賽の河原に集まりて…」と哀れな詞を歌って通行人の気を引く子供のおこもさん(乞食)にも向けられている。もっともそれは「おじさん、どうぞ十銭やってください」と哀訴する乞食の子に父さんは「なんだいお菰さんかい。十銭なんか遣れないから二銭あげよう。あーあー、傍へ寄っちゃいけないなあ」という非人情なシークエンスであるが。

 浅草オペラと同時代、お伽歌劇は舞台の歌劇と不可分な関係にあった。お伽歌劇は発想を飛ばした奇天烈なストーリーや少年少女の日常を切り抜いたような作品も多いが、なかには乞食の子の場面のように社会の暗部を剥き出しにして見せる要素も時としてあったのである。「浅草遊覧」で佐々紅華は意識的に夕刊売りや浅草寺の鳩の玩具売り、乞食の子といった人々を登場させている。アイスクリームやはじけ豆の呼び声が飛び交う仲見世シーンの情景外音楽(BGM)は先述のように殺伐としており、ただ楽しいだけとはいえない浅草の暗部が展開されているのが、このお伽歌劇の注目すべき点である。

 最後に父子は

「春子、面白いものを見つけたよ。木馬館へ行ってお馬に乗ろうか」

「あーら面白いわねえ。私メリー・ゴーラウンド大好きよ」

ということで木馬館に入る。

 この木馬館はもちろん浅草に現存する木馬館のことで、1918(大正7)年に一階に設置された回転木馬が名物であった。この木馬館のとなりが昭和初期に人気を博するカジノ・フォーリーの本拠地・水族館である。二人はメリー・ゴーラウンドに乗るが、どんどん加速する木馬に子供のようにハイテンションになった父さんは、最後に目を回してしまう。

「お父さん、危ないわ」

 という春子の台詞で終わる。

 二村定一は無邪気で子供のような役回りだが、時として当時の常識的な社会人の視線もチラッと見せており、案外に毒を含んだ存在である。後半、メリー・ゴーラウンドに乗ってからのはしゃぎようは狂気すら感じさせる。

 手際よくまとまった構成、飽きさせぬ音楽的要素が受けたのだろう。このディスクは昭和期までプレスを重ねる大ヒットとなった。

 掲示したラベルは昭和期の再プレスである。1926年のオリジナルがソリッド盤(シェラックをそのままプレスしたレコード)であるのに対して、昭和期の再プレスは粗雑な中芯の表面層に緻密なシェラック素材をラミネートしたニュー・プロセス盤である。レコード盤全体が均一な素材のソリッド盤よりもサーフェイスノイズが低く抑えられ、クリアな音質で聴くことができる。

この「浅草遊覧」は、ぐらもくらぶのCD『浅草オペラからお伽歌劇まで〜和製オペレッタの黎明〜』(G10026〜27)で復刻されているので、ぜひ一聴をおすすめしたい。

http://www.metacompany.jp/gramoclub.html

(本項目はCDのブックレットの内容より加筆訂正した。)