ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

二村定一のレコード 5

『泊り番』 Nipponophone 15689-B

『笑ひ薬』のカップリングで、こちらも浅草オペラの少女スター相良愛子が共演している。もっとも『笑ひ薬』ではリフレインに共唱でつきあっている程度だが、この『泊り番』ではがっつり相手役として共演している。

内容は、

1)会社の泊り番で退屈しているサラリーマンがカフェーの女給から電話をもらったが途中で電話が切れたので交換手にカフェーにつなぐように頼むが、どのカフェーか分からないのでつなげられない、という寸劇。

2)は満員電車で女性に席を譲ったら荷物を託された。次の駅で女性がさっさと降りてしまい、荷物だけが手元に残った。開けてみたら赤ん坊の死体だったという事件。

が描かれている。

レコードのタイトルは1)に因んでいる。2)はあまりにもショッキングな出来事なので、あるいは実際にあった事件を風刺したネタなのかもしれない。これより前、関東大震災後の世相を描いたお伽歌劇『ちょいとお待ち』(高井ルビー・柳田貞一 1924年9月新譜)では、同じように電車に猫の死骸を遺棄するエピソードが出てくるので、その元ネタをさらに刺激的に改変したのかもしれない。

『泊り番』の原曲は、Arthur CollinsとByron G. Harlanの人気コンビが吹き込んだ"Nigger Loves his Possum"で、アメリカビクターからはBilly Goldenの"Turkey in the Straw"とカップリングになったレコードが発売されていた。1905年の初出以来、何度もプレスを重ねたロングセラーで、佐々紅華はこのビクター盤から『笑ひ薬』『泊り番』の構成をそっくり拝借したのであった。このレコードの種目がお伽歌劇や喜劇ではなく流行小唄となっているのは、内容が子供向けではなかったということもあるが、アメリカのヒット盤に素材を求めたためである。

なお"Nigger Loves his Possum"はのち、バートン・クレーンと天野喜久代の掛け合い『夜中の銀ブラ』(1931年10月新譜)にも用いられた。