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ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

二村定一年譜補完計画

昭和3(1928)年の補遺事項

◯昭和3年の項(p.242)に以下の情報が加わる。

2月5日 

独唱会 (詳細は未詳)

 

6月24日 

「映画と独唱の夕べ」丸の内・時事新報社講堂 主催:静田錦波講演会

この会では『当世娘気質』(西村小楽天)、『蝙蝠草紙』(大和田錦光・小田錦城)、『感激時代』(近江錦堂・静田錦波)が上映された(カッコ内は弁士)ほか、二村定一の独唱、鈴木傳明・松井千枝子・瀧田静枝・田中絹代の御挨拶、というアトラクションが行なわれた。二村が歌った曲目は不明である。

 

昭和3(1928)年のすべて。

昭和3(1928)年の二村定一の活動をより詳しく補足しながら時系列で追ってみよう。

前提として、二村は昭和2(1927)年、独唱会やJOAKの放送オペラ、映画館での独唱/コーラス指導といった活動を通して新進テナー歌手として楽壇に現われている。

 

・1月9日 JOAKで正午より「独唱と管絃樂」の時間に出演。

アタゴオーケストラの伴奏で「ドリゴの小夜曲」「ヴォルガの船頭歌」「スペインの小夜曲」「キャラバン」を歌う。いずれも大正期から得意とするレパートリーであった。

 

・1月20日 日比谷公園大音楽堂で独唱会。この時の曲目は未詳。

 

・2月5日 ふたたび独唱会があったようだが詳細は分からない。

 

・2月23日 JOAKの正午の「ジャズ・フォックストロット七曲」に出演。JOAKジャズバンドの演奏で

1. どうする気なの? What’ll you do

2. 愉快になさい Is Everybody Happy Now

3. 残る思ひ出 Justs memory

4. ビューティフル Beautiful

5. 壁を眺める Four Walls

6. アラビアの唄 Sing me song of Araby

7. みんな私のものだ It All Belongs to Me

を歌唱。「アラビアの唄」だけが大評判になるが、実はこのとき他に6曲もアメリカのポピュラーソングを歌っていたのだ。(原曲名の表記揺れは出典元の新聞記事による)

 

・2月24日〜3月2日

浅草帝国館に一週間、一日2回の幕間アトラクションに出演して「ヴァレンシア」「サヨナラ」を歌う。伴奏は沼田北方(指揮)帝国管絃楽団。

 

・2月25日 

 日本蓄音器商会で「新譯ワ゛レンチヤ」を録音。

 

・3月19日 

 日本蓄音器商会で「雨」「アラビヤの唄」「あほ空」「アディオス」を録音。

 この日付はコロムビアのLPセットのブックレットに掲載された「コロムビア・ジャズ・ディスコグラフィー」に拠るのだが、筆者が監修した同社のCDセット「スウィング・タイム 1928〜1941」では3月10日となっている。CDセットの時もコロムビアからデータを貰ったので、いずれかが誤りということになる。

 

・3月13日〜20日

ひきつづき浅草帝国館に出演。

この時は一日3回出演で、しかも好評だったため19日までの予定が20日までに日延べされた。上映された米ワーナー映画「マノン・レスコオ When a Man Loves(1927)」に因んで「マノン・レスコオの歌」「美しきマノン・レスコオ」「マノンの歌」が歌われた。このときも伴奏は沼田北方(指揮)帝国管絃楽団。なお、新宿武蔵野館での同作上映では中村慶子が歌った。

 

・4月22日〜28日

浅草・電気館でのアトラクション「ジャズバンド演奏」に出演。

電気館のアトラクションは島田晴譽(指揮)松竹大管絃楽団和洋大合奏による「奏楽」と、井田一郎(指揮)電気館ジャズバンドの「ジャズバンド演奏」に分かれていた。二村は井田バンドの演奏で、「フー?」「イエス、サー、ザッツ、マイ、ベビー」「シング・ミー・ア・ソング・オブ・アラビー」「ティティナ」を歌った。

井田のバンドはこの年の春に大阪から上京した。バンド名は当時の文献でも電気館ジャズバンドとチェリージャズバンド(大阪時代のバンド名)が混在し、仲間内ではチェリージャズバンドが正式名称とされていた。

二村定一が井田のバンドに出演するに至った経緯は、

「浅草電気館が松竹の封切館だつた一九二八年、宝塚にゐた井田一郎氏がジャズのメンバアを揃へてステイジ演奏をやる時、外国式に歌手を使つて歌はせろといふので、飛び出したのが僕だつたのです。」(『プロムプタア悲劇』週刊朝日 新春読物号 一九三三)

と述べられている。

 

・4月27日

ニッポノホンより「新譯ワ゛レンチヤ」「あほ空」「アラビヤの唄」が発売される。(5月新譜)

 

・4月29日〜5月5日

上記の電気館デビューがあまりにも好評であったため、同じプログラムで一週間続演された。

この間、二村はほかの映画館にも出演している。

 

・4月27日〜5月3日

芝園館(芝・新堀町)と神田南明座で「マノン・レスコオ」からの歌を独唱。芝園館では伊庭孝の指導(指揮)で天野喜久代との二重唱もあった。渋谷キネマ館でも同じ期間に「マノン・レスコオ」が上映されたが、そちらには二村・天野は出演していない。

 

・4月27日〜29日

木挽町の歌舞伎座で井田一郎指揮ジャズバンドと共に出演。曲目未詳。

 

・4月29日〜5月5日

歌舞伎座でも大好評を受けて同じプログラムで一週間続演した。

 

・4月下旬 ニッポノホンより「新譯ワ゛レンチヤ」「あほ空」「アラビヤの唄」発売。(5月新譜)

 

・5月6日〜11日

浅草・電気館に井田一郎指揮ジャズバンドが戻るがこの週は二村はお休み。

 

・5月12日〜17日

浅草・電気館の井田バンド演奏に二村が復帰する。曲目未詳。

 

・5月18日〜24日

浅草・電気館、井田バンド。「スタムペッド」「宵待草」「バレンシア」を歌う。

 

・5月25日〜31日

浅草・電気館、井田バンド。「カレッヂエート」「レザーエッヂ」「ストトン」を歌う。

 

・6月1日〜7日

浅草・電気館、井田バンド。この週は二村が出演しているか分からなかった。

 

・6月7日

有楽町の松竹系劇場・邦楽座で天野喜久代とともにジャズ大会に出演。このときのバンドについては未詳だが楽員20名という大編成であった。

この時は「帰れソ連とへ」「花嫁人形」「アラビヤの唄」「世界の足下に」「愉快になさい」などを歌った。

 

・6月8日〜14日

浅草・電気館、井田バンド。「プロミスミー」「愉快になさい」「感激の歌」を歌う。「感激の歌」は同名の松竹映画主題歌を川崎豊がコロムビアに吹き込んでいるが、同曲だろうか。

 

・6月15日〜21日

浅草・電気館、井田バンド。「バイバイ、ブラックバード」「ハワイアンラブソング」を歌う。

 

・6月24日

「映画と独唱の夕」時事新報社講堂(丸の内) / 静田錦波後援会

 この会については冒頭に詳しく記した。

 

・6月22日〜7月6日

この間、電気館でのジャズ演奏は行なわれなかった。というのも、なんと井田一郎のチェリージャズバンドのメンバーが全て井田の許を去ってしまい、新しくバンドを組む必要があったからである。バンドメンバーの変遷については「沙漠に日が落ちて」か「ニッポン・スウィングタイム」をご参照いただきたい。

 

・6月下旬 オリエントより「枯れ枯れ」発売。(7月新譜) この「枯れ枯れ」は大正15年11月新譜のニッポノホン録音の再発である。

 

・7月7日〜13日

浅草・電気館、井田バンド。新しい編成の井田バンドでジャズ演奏が再開される。二村は不出演で、天野喜久代が「青空」「ヴァレンシア」「ハバナ」を歌った。

 

・7月12日 

日本蓄音器商会に井田の新チェリージャズバンド、天野喜久代とともに「ストヽン節」「木曽節」を録音(天野との共唱はストヽン節のみ)。

井田のバンドはこの時は「松竹ジャズバンド」を名乗っている。電気館が松竹系の映画館だからだ。なお同日、井田一郎(指揮)松竹ジャズバンドと岩田定子によって「安来節」「磯節」「小原節」が録音されている。かつてこれらは二村の変名盤とされていたが全くの別人である。

 

・7月14日〜26日

浅草・電気館、井田バンド。「エロー・アロハ」「佐渡おけさ」「テルミー」を歌う。

 

・7月27日〜8月2日

浅草・電気館、井田バンド。「リオ・リタ」「チャイニーズムーン」「木曽節」を歌う。

 

・7月下旬 ニッポノホンより「アディオス」「雨」発売。(8月新譜)

 

・8月3日〜9日

浅草・電気館、井田バンド。「ペルシャン・ラグ」「冬来たりなば」「ティティナ」を歌う。

 

・8月9日

JOAKより伊庭孝=作のラジオリヴュー「ファウスト・イン・ブルウ」(全7景)を放送する。ゲーテの「ファウスト」をレヴュー化した作品で、二村は老博士役の主役。ほかには木村時子、天野喜久代、黒木憲一、波島章二郎が出演し、福田宗吉(指揮)JOAKジャズバンドが演奏した。

 

・8月10日〜16日(?)

浅草・電気館、井田バンド。蒲田映画「彼と田園」主題歌を歌う。

 

 ・8月中旬に二村定一と天野喜久代、立教大学の学生バンド「ハッピー・ナイン・ジャズ・バンド」がニットーレコードの東京スタジオで「浅草行進曲」「アルゼンチンの踊」「第七天国」「リオリータ」「スペインの思出」などを録音する。

この東京スタジオは後に神田の九段下ビルに構える大スタジオと異なって狭苦しく、真夏の吹込みでは往生したという。

 

・8月24日〜30日

浅草・電気館、井田バンド。「モンナ・ヴンナ」「バルセロナ」「カタリナ」

 

・8月31日〜9月6日

浅草・電気館、井田バンド。「ダイナ」「モンナ・ヴンナ」「ボルガの薔薇」というプログラムだが、二村も出ているのか曖昧である。

 

・9月5日

日本蓄音器商会へ、天野喜久代とともに「バルセロナ」「ハレルヤ」を録音する。この時のジャズバンドは市販レコードには「東京ユーナイテッド ジャズバンド」と印刷されたが、コロムビアの資料によれば井田一郎(指揮)松竹ジャズバンドということである。

 

・9月13日

ビクターへ「ストトン」「木曽節」「青空」「アラビアの唄」を録音。演奏は井田のバンドだが、7月の改変から更にメンバーが一新されている。ビクター録音時/ビクター関連の実演の折は「日本ビクタージャズバンド」と名乗ることとなる。

 

・9月14日〜20日

浅草・電気館、井田バンド。「カンヂスの明月」「カタリナ」「ハレルヤ」を歌う。

 

・9月20日

ビクターへ「笑ひ薬」「平凡節」を録音する。「平凡節」は佐藤千夜子との共唱であるが、市販レコードには名が記されなかった。

 

・9月21日〜27日

浅草・電気館、井田バンド。14〜20日と同じプログラム。

 

・9月28日〜10月4日

浅草・電気館、井田バンド。「レイン」「バルセロナ」「ヴォルガの船歌」

 

・9月下旬 ニットーより「浅草行進曲」「アルゼンチンの踊」発売。(10月新譜)

 

・10月1日 

ビクターから「ストトン」「木曽節」「青空」「アラビアの唄」発売(10月新譜)

 

・10月1日

ビクターへアーネスト・カアイ・ジャズバンドとともに「ハワイの唄」「アマング・マイ・スーヴニーア」「ウクレルベビー」を録音。

ビクター台帳に録音日が記録されていない「ブラームスの子守唄」「荒城の月」も或いはこの時の録音かもしれない。

 

・10月5日

ビクターへ井田一郎(指揮)日本ビクタージャズバンドとともに「佐渡おけさ」「新磯節」「君恋し」「ヴォルガの船唄」を録音

 

・10月5日

JOAK 19:25〜

「喜劇の夕」全3作中の第2作 放送リヴュー「東京莫迦」(伊庭孝=作)に出演。

二村以外の出演者は天野喜久代、木村時子、波島章二郎、谷五郎、石田守衛、和田弘、柳文代、明石須磨子、冨士野登久子、吉野八重子。井田一郎(指揮)松竹ジャズバンドの演奏。この放送レヴューで歌われた「AさんBさん」「愛の古巣」は天野喜久代がコロムビアでレコード化している。

 

・10月5日〜12日

浅草・電気館、井田バンド。前週と同じプログラム。

 

・10月13日〜19日

浅草・電気館、井田バンド。「アイルランド」「新磯節」「オリエンタル・ジャズ」予告記事には二村の名は無い。

 

・10月20日〜26日

浅草・電気館、井田バンド。「ホット・シート」「サキセマ」(サックス独奏)「新磯節」この週も新聞の予告には二村の名が無い。

 

・10月27日〜11月2日

浅草・電気館、井田バンド。「ソニア」「都を離れて」「君恋し
この回で録音したての「君恋し」が披露されることに注意。

 

・10月下旬 ニッポノホンより「バルセロナ」「ハレルヤ」発売。(11月新譜)

 

・10月下旬 コロムビアより「木曽節」「ストヽン節」発売。同時に「新譯ワ゛レンチヤ」「あほ空」「アラビアの唄」を再発売。(いずれも11月新譜)

 

・10月下旬 ニットーより「第七天国」発売。(11月新譜)

 

・11月3日〜9日

浅草・電気館、井田バンド。「ソニア」「ウクレレベビー」「出船の港」を歌う。

 

・11月10日〜16日

浅草・電気館、井田バンド。「ワンステップ・ツー・ヘヴン」「出船の港」「ヘドラスカ」「栄冠の歌」(映画「陸の王者」主題歌)

 

・11月17日〜23日

浅草・電気館、井田バンド。「スヰーチスト・ガール」「出船の港」「リオ・リタ」を歌う。

 

・11月下旬 ニットーより「リオリータ」「スペインの思出」発売。(12月新譜)

 

・12月1日

ビクターから「ハワイの唄」「アマング・マイ・スーヴニーア」「笑ひ薬」「平凡節」「新磯節」「佐渡おけさ」発売。(12月新譜)

 

・12月1日〜7日

浅草・電気館、井田バンド。「ムーンライト、エンド、ローズ」「スパニッシュ、エスパニョル」を歌う。

 

・12月11日〜17日

浅草・電気館、井田バンド。「アイム・ソーリー・サリー」「白帆」「当世銀座節」を歌う。

 

・12月20日

ビクターから「君恋し」「ヴォルガの船唄」発売。(1月新譜)

 

・12月20日〜25日

浅草・電気館、井田バンド。11〜17日と同じプログラム。

6日間という半端な日数なのは、26日から松竹映画の上映が浅草・観音劇場に移るためである。井田のバンドも観音劇場に引越し、電気館の奏楽は近藤正(指揮)電気館管絃団が引き継いだ。

 

・12月26日〜

浅草・観音劇場、井田バンド。「応援歌」ほか。

 

・12月29日

JOAK 正午12:05〜「ジャズの時間」に出演。JOAKジャズバンドの演奏で「さびしい影」「昨日のバラ」「流れの浮木」「都離れて」(いずれも伊庭孝訳詞)を歌う。

 

以上でこの年は終わりである。

 

電気館での演目はバンド演奏と二村のボーカル入りとが混在しているが、便宜上、予告に載ったタイトルをそのまま写した。

ラジオや浅草・電気館で歌ったレパートリーは、初期の二村レコードにけっこう多く残されている。初期の二村レパートリーが実演の演目からレコード化されたことがよく分かるので、年譜を眺めながら聴くのもまた一興である。以下のCDにこの頃の二村レパートリーが収められている。

 

「スウィング・タイム」(日本コロムビア)には「あほ空」「アラビヤの唄」を、「私の青空二村定一ジャズ・ソングス」(ビクターエンタテインメント)には電気館で井田一郎のチェリージャズバンドと歌った多くのナンバーを収録した。ぐらもくらぶの「帰ってきた街のSOS!」と「大東京ジャズ」では、ニットーレコードに吹き込んだレパートリーがほぼ全て聴けるし、ビクターのCDに入れられなかった電気館ナンバーも補完できた。

 

(続く)