ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

ぐらもくらぶ新譜『レコード供養』 いささかの解説補筆

ぐらもくらぶの新譜『レコード供養 復刻されない謎の音盤たち』には、なかなか商業ベースの企画では復刻しづらい音源を集めた。

※メタカンパニーのサイトから購入すると、本篇には収録しなかった日本心霊科学の巨人・浅野和三郎の「心霊通信 解説」などの特典音源が附きます。

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1890年代に音の記録と再生が可能となってからこちら、膨大な量の音がシリンダーや平円盤、帯状レコードやテープなどの媒体に記録された。録音の目的はCDのブックレットに記したように実用から娯楽まで種々様々である。今日、復刻されて私たちの耳に届くのは、その膨大な音の中のほんの一部に過ぎない。

変てこな音源を集めたが、『お経都々逸・からくり都々逸』『私のマミータ』、兵隊婆さんやタンゴにあらざる『日本タンゴ』『踊る戦線』はとにもかくにも商業録音である。その時代時代になんらかの形で「売り物になる」と目されて作られたレコードである。忠犬ハチ公の貴重な声もこうして残された。

 
問題は市販を目的としないレコード、非商業録音である。
禁酒会の講師と建設会社の社長が吹き込んだのが禁酒を勧める歌と酒の飲み方を指南する歌、どちらも限定頒布というのは好一対だ。
杉並第一国民学校の児童オーケストラと安政元年に生まれた81歳の潮見為吉が録音したのはいずれも記念のためである。
何らかの実験の記録音源というのは海外には幾つも例があるが、心霊実験の録音は世界的に見て例のないレア音源である。
その詳細はブックレットに尽くしたので、レコードの顔面だけ提示して、ここでは触れない。
 

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心霊通信

 

 

 
実はここまでは前振りに過ぎない。
このブログで触れたいのは、CDの後半12分程を占める雑音レコード『ラヂオに混入する雑音』である。
ブックレットでは、一体どんな層が、具体的にどのようにこのレコードを聞いたのか。またレコードに収録された音がなんなのか、どんな状況で雑音が発せられるのか、いささか説明に欠けたので、ここで補完をしておきたい。
 
事実としてはこれらの音源は、日本放送協会編『ラヂオ技術教科書』(日本放送出版協会, 1936)の第11章「雑音障害」の実例として製作された。ラジオを修理する技術者、町の電気屋さん、昭和10年代にぐんと増えたラジオを自作する愛好家、そういった人たちのためにこのレコードセットは作られた。
 
一面に4種類ずつの雑音が収録されている。発電機や電車、電気ドリル、レントゲンなどが発する電波がラジオ波に影響して起こる雑音である。
たとえばバリカンや電気ドリルは、ラジオを据え付けてある理髪店とか工場であれば、すぐそばに原因があるからそれと分かる。が、お隣や近所で使っているのが作用したら雑音の原因は分からない。
 
歯科用のエンジン(歯を削るドリルが戦前からあったのだ)やレントゲン、製紙工場でパルプ繊維の漂白に用いるオゾン瓦斯漂白装置などは一般の家庭にはないから尚更である。
レントゲンとバリカンはご丁寧に過電流を防ぐ防止器を付ける前と後の雑音がそれぞれ収められている。
 
これはつまり、ラジオからこんな雑音がしたら、その原因はお家か近所にあるこれこれが原因ですよ、ということを耳で学ぶのがこのレコードの主目的なのである。『ラジオ技術教科書』があれば説明の要はないであろうこれらの音も、書籍を離れると得体の知れないモノになってしまうのだ。
 
戦時中にニッチクがレコード化した『敵機爆音集』(1943)や『B29の爆音』(1945)も発想としては同じで、聞いて覚えるがための音なのである。もっともB29の場合は音を覚えるまでもなくすぐ上空を飛んでいたから、音の主を見つけるという点ではラジオの方が修練を要したかもしれない。