ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

サーカスの男

新宿帝都座舞踏場のタンゴバンド、ニューテイト・タンゴオーケストラが吹き込んだ「サーカスの男」(高橋孝太郎 編曲)である。1935年9月新譜。

この楽団は戦前のダンスホールの実働バンドで、曲は以下に記すとおりニューテイト・タンゴオーケストラが売り物にしていたラテン系楽曲ではないが、ホールの雰囲気を濃厚にまとった、良いレコードである。もっともバンドのメンバーはテイチクのレコーディングオーケストラと重複する。

実はこの盤の裏面を紹介したかったのだが、この曲の来歴はネット上にでも纏めて置いておいた方がよいだろうと考え、こちらを先に紹介することにした。

原曲は"The Man on the Flying Trapeze" ほぼ同じタイトルである。「ブランコ乗りの男」と直訳されることも多い。

映画「エノケン孫悟空」でテーマソングのようにして歌われる「空飛び土もぐり 水を潜れるのは〜」で有名なメロディーである。戦時中も、対米謀略放送で替え歌になって電波に乗った。

http://web.ukonline.co.uk/oldtimey/favtunesw/006515.HTM

本来はアメリカの古い歌(1868年)で、作詩作曲者は未詳。1890年代にヴォードビルの舞台で歌われて流行した。 

もっとも検索するとわらべ歌のサイトによく引っかかるので、現在では子供向けの歌として親しまれているようだ。「孫悟空」では勇壮なマーチ仕立てになっているが、原曲はゆるく崩れたワルツである。

 このメロディーはヤンキィの郷愁をいたく刺激するものであるらしく、フランク・キャプラアカデミー賞受賞作「或る夜の出来事」(1934)でバスの乗客が合唱するシーンがこの歌である。

また"The Man on the Flying Trapeze"(邦題は「南瓜サラリーマン」)という同じタイトルでW.C.フィールズのコメディ映画があり、フィールズの伝記のタイトルにも使われている。

エノケン孫悟空」にこの歌を使ったのは卓越したアイデアで、アレンジが優れているからでもあるが、知らなければ日本の歌として通用してしまいそうだ。

実際、CD「エノケンのキネマソング」では鈴木静一・作曲となっていたし、日本のミュージカル映画を扱った文献にも、原曲は明確には記されていない。洋の東西を問わず懐かしまれる、しあわせな歌である。