ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

「戦前ジャズ・コレクション〜テイチク・インスト篇」

ご無沙汰しています。さて、いよいよ次なるCDのお目見えです。

来たる11月25日にリリースされるぐらもくらぶ第3弾は、2枚組の特作です。

“The Lost World in Jazz – TEICHIKU SWING COLLECTION”

ぐらもくらぶのジャズ関連の復刻は、これからこのThe Lost World in Jazzシリーズでリリースしてゆきます。

邦題はそのままカタカナにしてもよかったのですが、内容を直に表わしたかったのでぐんと判りやすく

「戦前ジャズ・コレクション〜テイチク・インスト篇」としました。

その名のとおり、戦前「ジャズ王國」の異名を取ったテイチクが旺盛に放っていたホットディスクを一堂にまとめた復刻です。

ディック・ミネやチェリー・ミヤノなどジャズシンガーと共演したジャズは「ニッポン・モダンタイムス」シリーズで一挙に復刻したのですが、ジャズの真髄であるインストものは復刻が難しかろうと半ば諦めていました。しかし保利透さんのぐらもくらぶが大英断を下し、さらに録音の版権を有するテイチク・エンターテインメント様の全面的なご協力で堂々2枚にまとめることができたのです!

拙著「ニッポン・スウィングタイム」(講談社 2010)で僕は日本のジャズのアレンジとスウィングに至るインストの歴史に重点を置きました。それは、これまで日本のジャズ史に欠けていた観点であり、その分析が急務であると考えたからです。そうしてテキストとしてこの本を、音源資料として復刻CDを提示することが目標でした。

今回の「戦前ジャズ・コレクション」のリリースによってその目標が完全に果たされます。もちろん、これで最後ではなく更に戦前ジャズの検討に必要な復刻は出してゆくつもりです。

さて、当インスト篇の内容ですが…

まず1935年(昭和10)に結成されたテイチク・ジャズ・オーケストラのカバー&和製ナンバー(流行歌のアレンジ)でほぼ1枚費やしました。

途中でプレイヤーの顔ぶれも変わっていますが、その前半と後半をテイチクに関係するジャズメンのソロプレイでつなぎました。

テイチク・ジャズ・オーケストラのメンバーが一新された'38年からの一連の録音はさらに熟練を積んだ名演揃いです。

ネオ・ディキシーからスウィングまで当時のメリカのジャズシーンにぴったり寄り添ったプレイですが、今日の日本人のジャズとの共通点というか底流に流れる血脈をそこに見出すことは、決して困難ではないでしょう。

僕は先の11月10/11日に新宿で行われた新宿トラッドジャズ・フェスティバルを実地に聴いてその思いを深くしました。現代のジャズを知るリスナーがこれら戦前ジャズを聴いたら、きっと感動ものでしょう。

終わりの2曲はテイチク管弦楽団、帝国管弦楽団の名義となっていますが大戦下のジャズ/軽音楽の一例として提示しました。特に最後のナンバーはアメリカの’40年ごろのジャズに通じているリスナーならばひとしお興味深いことでしょう。

DISC2はテイチクが奈良から東京に進出する以前、すなわちテイチク・ジャズ・オーケストラの前史として関西の「四ホール連盟ダンス・オーケストラ」および「ジェリー・ウッド・エンド・ヒズ・アンバサダーズ」の録音をひとまとめに紹介しました。それから後半では、バッキー白片の「アロハ・ハワイアンズ」で心地よくスウィングするハワイアンを、また慶応大学の「Keio B.R.B Light Musicians」の2曲で1940年当時の学生バンドのスウィングを示しました。

前者はバッキーのスウィートなsgも魅力ですが、共演するレイモンド・コンデ(cl)、杉原泰蔵(vib)らのソロもすばらしく、ハワイアンの域を超えた名演揃いです。

後者は、アンサンブルはすこし雑ですが、アメリカですごく龍吼していたラリー・クリントン楽団のナンバーを一生懸命にスウィングしています。おなじ慶應の学生バンド「レッド・ブルー・クラブ・オーケストラ」が昭和初期に残した二村定一・天野喜久代の「アラビヤの唄」「青空」などと比較すると隔世の感があることでしょう。

2枚目のディスク後半は、伝説の「タイゾウ・スヰングオーケストラ」を6曲収録しました。1940年に録音されたタイゾウ・スヰングはまさに戦前のジャズ黄金時代を体現する存在、象徴といえるでしょう。収録曲のほとんどは1930年代後半のアメリカンナンバーでグレン・ミラーデューク・エリントンのレパートリーを演っていますが、単なるコピーではなくリーダーの杉原泰蔵の体臭が色濃く反映しているところが値打ちです。資料が少ないためメンバーの内訳は未詳な部分が多いですが、すばらしいアンサンブルとソロからは一流プレイヤーの存在が窺われます。

全44曲中、「ハレムから来た男」「ハットスタッフ」「可愛いブラウンさん」「私のマリア」「シム・シャム・シミ」の5曲以外、すべて初復刻です。

ブックレットにはテイチクの提供による録音年月日のデータを附しました。また、可能な限りパーソネル情報にも触れました。ご参考になさってください。

この2枚組、日本の戦前ジャズをはじめて聴く人にも、アメリカのジャズに精通した人にもお薦めしたい内容です。

僕らは毎回、相談しながら収録曲を決めています。「二村定一 街のSOS!」「大名古屋ジャズ」など、譲れるところ譲れないところ、ずいぶん討論して選びました。今回のセットはジャズ色が濃厚なので僕がいちおうリードして収録したいディスクを選びましたが、いつも通り保利透さんの趣味も反映されています。たとえばDISC 1の「月の塹壕」「満洲娘」など保利さんテイストですし、DISC 2のフィナーレを飾る「ダンス祭」は保利セレクトで「これをどうしても最後に!」という要望がありました。聴きこむほどに耳朶に沁みついて離れない「ダンス祭」はいろんな意味で、このセットの終幕にふさわしい選曲だと思います。毎度のことですが、保利カラーが加味されたことで僕のひとりよがりではない滋味深いアンソロジーができあがったのではないかと嬉しく思っています。

12月8日には大名古屋シリーズの第二弾、「大名古屋軍歌」がリリースされます。こちらは「世界軍歌全集-歌詞で読むナショナリズムとイデオロギーの時代」(社会評論社)でおなじみの辻田真佐憲氏が監修。ぐんと深みを増したぐらもくらぶの世界にご期待ください。