ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

二村定一「ヅボン二つ」「人間廃業」

 ひさしぶりに二村定一のジャズソングについて記したい。  と言いたいところだが、今回も二村定一のジャズソングについて…と言った方がよいだろう。 「ヅボン二つ」"(You Can Only Wear)One Pair of Pants at a Time" ジェームズ・B・モナコ James B.Monaco作曲 石津豊(=堀内敬三作詞、井田一郎編曲 コロムビア・ジャズバンド 1931年6月新譜 これは僕が二村定一を集めはじめたごく初期に知ったコミックソングで、二村定一を物凄いと感じた最初のディスクである。  いまはもうサイトをやっておられないが、かつて在ったなつメロサイトの「なつかしい歌」のまゆこさんが大変この歌を気に入って絶賛レビューをものしていた。それで、数年前から一部では有名になったと記憶している。  原曲は、1930年のフォックス映画「ルンペン天国」”Soup to Nuts”の中でボードビリアンが披露したナンセンスソング。オリジナルのタイトルは歌詞から採られているが、多くの場合、"One Pair of Pants at a Time"と表記される。「ヅボン二つ」という邦題はなかなかいい。  原曲の内容に即した絶妙な歌詞を堀内敬三がつけ、井田によってスウィートバンド風のアレンジが施されている。原曲のレコードは米英で種類も作られているが、いずれも堂々としたバリトンでややオペラティックに歌い上げられており、このディスクの軽妙洒脱な味は堀内敬三と井田一郎の翻案によって生まれたと断言してよろしい。その軽妙洒脱さを、二村定一がまた実にノンシャランに表現している。  ことに「元気を出して笑いなさい、愉快になさい。気の持ちようで金などはなくても済むのです」と語るように歌う絶妙な部分は、二村定一の豊かな表現力で生まれた。二村のこのようなラップ調のディスクでは「もぐりの唄」も傑作だ。いずれも金がないという局面を笑いのめし、前向きな気持ちを与える応援ソングである。  この時期のコロムビアは新しく採用したマイクロフォンの使用に習熟しておらず、音質的に芳しくないレコードを頻発した。この「ヅボン二つ」もそのひとつで、これまで5,6枚触ってきたが綺麗な盤面でも音質的に今ひとつなのが残念。ここでのコロムビア・オーケストラ(実質的にコロムビア・ジャズバンドである。)はサックス3、トランペット、トロンボーンスーザフォンバンジョー、ドラムスという編成で、ブラスよりもよく練られたサックスセクションが活躍する。  冒頭のトランペットは小畑光之でも橘川正でもないようだ。アルトのソロは、この頃はまだ高見友祥が取っている。この頃からバンジョーが坂井透から角田孝に替わった。角田がリズムセクションでギターを弾きだすのは比較的はやく、手元のディスクで確認できた限りでは、この盤と同時期の「エロ草紙」(Jun.1931)がもっとも古かった。 もう一曲。 「人間廃業」"Der Mann,der seinen Mördersucht"より フリートリヒ・ホレンダー Friedrich Holl änder作曲、服部龍太郎作詞、井田一郎編曲 コロムビア・オーケストラ 1932年6月新譜  1932年に日本でも公開されたドイツ・ウーファ映画「人間廃業」"Der Mann,der seinen Mördersucht"(1931)で歌われたナンバー。タイトルを直訳すると「殺人者を探す男」。ビリー・ワイルダーも脚本に加わったホラー喜劇である。  この映画の音楽はフランツ・ワックスマン(のちハリウッドで映画音楽やクラシカルなアレンジを手がけた。ハイフェッツが弾く「カルメン幻想曲」の編曲が此のワックスマンである)とフリードリヒ・ホレンダーが共同で担当し、主題歌の「お思召とあらば」をマレーネ・ディートリヒが歌った。  その主題歌とは別に映画の中のメロディーを使って作られたのが二村定一の歌う「人間廃業」。この原曲にはタイトルがついてないようだが、二村定一のレコード化に当たって「月曜日には暇がない」というタイトルが与えられ、発売時に「人間廃業」に改題された。ワイマール期末期のシュラガー(流行歌)らしさを持った曲調で、アチラの酒場で1920年代に歌われていたようなカバレットソングを想像すれば宜しいだろう。  このディスクでのコロムビア・オーケストラはアコーディオンをフィーチュアして、バンジョー、ドラムス、ピアノ、ヴァイオリンという軽い編成がとられている。角田孝のバンジョーソロがひとくさり聴けるのが嬉しい。ヴァイオリンは3rd saxの橋本淳だろうか。  服部龍太郎の詰め込み気味な歌詞を二村定一が伸縮自在に余裕綽々と歌っている。「人間廃業」というタイトルが印象的なので、退廃的な唄を想像すると予想外かもしれない。が、日蓄での二村のコミックソングの中ではよい味を持った一曲である。