ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

矢追婦美子の「それが世の中」

 もはや忘れ去られた歌手、矢追婦美子を取り上げてみたい。   昭和初期のポリドールは、声楽志向の強い歌手が揃っていた。淡谷のり子や青木晴子は東洋音楽学校出身であり、奥田良三はイタリア留学経験者、そうして矢追婦美子は東京音楽学校卒、ミラノ留学の経験者であった。  矢追家は奈良の医者の家系で、婦美子は八人兄弟・姉妹の四人目であった。男の兄弟三人は医者となったが、一方、姉妹の長女である須賀子は東京音楽学校へ進学した。また、末妹の寿々は作曲家の服部正と結婚したので、音楽と縁のある家系ともいえそうである。  婦美子は1923年(大正12)東京音楽学校本科声楽部を卒業後、結婚を勧める両親を説得してミラノに音楽留学した。  ミラノではコットーネに師事した。 1925年(大正14)に帰国し、時機を得てJOAKの放送オペラ、独唱会、そしてポリドールへのレコード録音で活躍した。  矢追婦美子の特質はヨーロッパやラテン趣味の曲目(「ボレロ」や「ラ・パロマ」、フランス映画の主題歌など)を伸びのある美声で歌い上げるところにあった。  その声質は美しいが舞台栄えがせず、独唱会などでは「声量が劣る」と評された。レコード録音向きの歌手ではあったのだが、表現力はむしろオペラ向きで、レコード歌手の繊細さに欠けた。が、その確かな技巧と美声で、ジャズを加味したヨーロッパ映画の主題歌に多用されたのである。またポリドールで松竹蒲田作品の主題歌専用レーベル「松竹レコード」が創設されると、そちらにも盛んに吹き込んだ。レコードは意外に少なく、1931年から1933年までにポリドールに20面を吹き込んだ程度である。 その後、1934年、松竹蒲田作品「隣の八重ちゃん」に独唱を吹き込んでいる。映画撮影の前後は蒲田区矢口町に居住していたが、のちに世田谷区に移った。その後、東京の歯科医、木村氏と結婚して、比較的はやく引退した。彼女は歌手としてのみならず、達者なスキーヤーとしても知られたようである。  婦美子の従姉妹(婦美子の父の弟の子)がご健在で、矢追婦美子の音を贈ったところ、「ああ、この声や!普段もこんな感じやった」と懐かしんでくださった。ここに記した略歴も従姉妹ほかご親族のご教示によるものである。昭和初期のジャズソングの一時を飾る歌手が、いきなり身近になった。 筆者は矢追婦美子のレパートリーの中でも次の曲を愛聴している。 このディスクをNHK関西発ラジオ深夜便の「SP盤コーナー」で紹介したところ上述のご親族から連絡を頂いたので、ご縁をつないだ曲でもある。 「それが世の中 "Quand une femme m’a tapé dans l’ceil !"」 加藤まさを訳詩、Philippe Parès & Georges van Parys作曲 矢追婦美子、日本ポリドール・レコーディング・オーケストラ ポリドール 1932年1月新譜  1931年の仏オッソオ映画「掻払いの一夜 "Un soir de rafle"」の主題歌。同映画の主題歌としては「マドロスの唄」が有名で、日本でも何度もカバーされたが、もう一つのテーマソングである"Quand une femme m’a tapé dans l’ceil !"の方は、日本録音ではこの矢追盤のほかに知らない。 12小節の序奏のあと、コーラスが入る。メロディーラインを崩した間奏を挟んで2番、序奏のテーマを挟んで3番コーラス。簡単な終結部。A-B-B'-B-A-B-Fin.という構成の歌である。  ♪  どうせこの世は祖先の代から 涙の苦娑婆ときまつてゐるのよ  みんなかうして泣き泣き歌ふのよ それが世の中、不思議はないのよ  という虚無的で投げやりな歌詞を、矢追が楽譜に正確に歌う。今日の感覚で聴くといささか無感情に聴こえるがそれはこの時代の歌唱の大枠な定型といえるもので、その定型を踏まえて聴くと、むしろひたむきさが感じられる絶唱である。(ひと昔前は昭和初期の女性歌手というと天野喜久代も井上起久子も青木晴子も十羽一絡げで味も素っ気もない甲高い声の歌手のように思われていたが、きちんと時代様式を踏まえて聴くと、それぞれに個性がある歌手である。)  もっともリフレイン以外はつめこみ気味な歌詞なので、イロをつけようという方が無理かもしれない。矢追の声は初心で可憐な味を漂わせており、嫌味が無い。リフレインではがんばってドラマチックに歌い上げているのも可憐である。「苦娑婆(くしゃば)」、「濃碧(こあお)」などという小難しい単語は歌詞カードがないと起こせないが、意外に聞き取りやすい発音である。  歌詞は絶望的に暗いがフィリップ・パレとジョルジュ.V.パリスの黄金コンビによるメロディーはクールで、爽やかな印象が残る佳曲である。編曲者は分からない。演奏している日本ポリドール・レコーディング・オーケストラは、 アルトサックス、トランペット、トロンボーンテューババンジョー、ドラムス、ヴァイオリン  という編成である(バックに薄く聞こえる音もあるので幾分、人数は多いかもしれない)。この録音の為に集められた面子らしくアンサンブルがなんとか整っている程度で、バンドカラーといえるものを打ち出すほどの個性は備わっていない。  その中で際立つ個性的なトランペットは奏風から橘川正かと思われる。強勢で後味のはかない絶妙なペットである。バンジョーは、同時期のポリドールのジャズソング「浮いて浮かれて」藤山一郎の間奏に聞かれる細田定雄の達者なバンジョーとは明らかに異なる奏者で、おそらくスタジオプレーヤーだろう。演奏はいくぶんイージーなだが、曲と歌唱の良さで充分にこの時代のシャンソンらしさを感じさせる出来栄えとなっている。当時世間を席捲していたアメリカンなじゃかじゃかしたジャズソングとは一味ちがった、鮮烈な青空と爽やかな哀しさのあるディスクである。