ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

А.В.Вержбиловичъ

ピアノの奏派の好みがそうであるように、弦楽に於いても筆者は19世紀から20世紀初頭の、今日とは異なる美意識で整頓された演奏様式を好む。

チェロの場合、筆者はカザルスなど国境を越えた国際派の巨匠も勿論のことよく聴くのだが、カザルスよりもフォイアマンを愛し、そうしてクレンゲルやマレシャル、スクワイァや、これから採りあげるVerzbirovitzをごくたまに聴くことを楽しみにしている。

名前だけを羅列したのではよく判らないかもしれないが、彼らはドイツの、あるいはユダヤ系ドイツ人の、またフランスや英国、ロシアなど各国の民族性が色濃くにじみ出た演奏をする。そんな癖のある音楽が好きなのである。

さらに言えば、演奏法が合理化され近代化を遂げる以前の、いわば不自然な用弓であったり不自由な音の出し方であったりする演奏法の時代に楽器を操って奏でた音楽が大好きなのである。

アレクサンデル・ヴィェジュヴィウォヴィチ A.B.Verzbirovitz (1850-1911) という舌を噛みそうな名前のロシアのチェリストの2枚のレコードは、特に筆者の愛している宝物である。

ヴィェジュヴィウォヴィチというのはマーガレット・キャンベル著「名チェリストたち」(東京創元社)の記述に従ったが、英国のディーラーなどはアバウトに英語読みで通していた。それでも舌を噛みそうな発音だった記憶があるが、活字で見たら嫌がらせとしか思えない字面である。

彼はロシアの大チェリスト、カルル・ダヴィドフの高弟で、帝政ロシア時代を通じて最高の名声を得たチェリストである。1904年にごく僅かな録音を残している。ここに掲げた画像はいずれも1904年のオリジナル盤ではなく、1910年代初めの再プレスである。帝政時代をしのばせる、豪華で優美なラベルだ。

これは黒盤だが、桃色ラベルで天使が横たわっているバージョンなどは、老舗のチョコレートの包み紙かと思うような可憐な美しさである。「ロマノフ王朝の至宝」展などにこっそり黙って置いておいても似つかわしい、贅沢な匂いのするラベルデザインである。

画像は、上がチャイコフスキーの「悲しき歌」、下がマスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より「シシリアーナ」である。どちらも憂悶に満ちたメロディーであり、それを豪腕の大酒飲みの名人が古風な奏法でごしごしと演奏している。まことにロシアロシアした鬱陶しい空気に包まれたレコードで、これを聴くとロシアの古老がウォッカをあおぎながら訥々と帝政時代の煌びやかさを語るような、過去の栄光を振り返るとでもいうような哀れ味をおぼえる。

この"Cicilliana"の片面は"Chanson a boire"という民謡なのだが、これがまたタイトルそのもののように、鬱蒼とした森に置き去りにされたような寂寞感を湛えた音楽である。

ヴィェジュヴィウォヴィチの門下にレオポルドという少年がいた。すぐれたチェロの腕前を持っていて、短い人生の間に国内外で活躍した。自分の弟子でもあるその息子が、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチであった。