ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

紐育行進曲

昭和初期に流行したジャズソングで「紐育行進曲」という曲があった。スマートな歌で、フラッパー風情の軽薄で浮かれた、華やかな味がある。たしかレヴューにもなった筈だ。しかし、それよりも二村定一が歌った「君よさらば」(時雨音羽 作詩)と同曲と言ったほうが、通りがよいかもしれない。 原曲は"With a Watermelon"という。(註) 日本での初出は、オリエント 昭和4年2月新譜、井上起久子の独唱、松竹座声楽部生徒、篠原正雄指揮する松竹座オーケストラの伴奏による「紐育行進曲」である。井上起久子の好唱。伴奏をしている松竹オーケストラは、当時としては腕っこきのジャズメンが揃っているように思われる。 次いで発売されたのがビクター 昭和4年4月新譜の二村定一の「君よさらば」だが、時雨の作歌はよいのだが、佐々紅華のアレンジがいかにも貧弱でもったいない。明らかに井田一郎のようなフォックストロットのセンスを持ち合わせない、不器用な編曲である。よく言えば大正期風の管絃楽ののどかさが残っている。 二村の歌唱も乗りにくそうで、しかも音程を露骨に外している。ほかのところでも書いたが、二村定一の音程がいいというのは幻想で、ビシッと一発で音程が合わせられなかった歌手である。邦楽の素養が二村の根幹であり、音程をさぐって当てる癖が抜けなかったのである。 三番目に発売されたのはニットー 昭和4年5月新譜、「西瓜割」(別名紐育行進曲)、松竹ジャズバンドである。"With a Watermelon"の原題に近いのはこの一枚のみ。松竹ジャズバンドの演奏はややまったりしているが、ソロパートなど気分の乗った、いい雰囲気の演奏である。 最後にもう一枚、ニットー 昭和4年6月新譜「行進曲紐育」(中村彼路子 作詩 篠原正雄編曲)内海一郎、ニットージャズバンド。このレコードは「モンパリ」とカップリングで、猛烈に売れた。歌唱もスマートで甘い内海の声がばっちり嵌まっている。このアレンジで二村だったらさぞ・・・と思うが、この曲に関してはアレンジがアレなせいもあって二村定一を凌駕している。 オリエント盤「紐育行進曲」とニットーの「西瓜割」はおそらく内海盤とおなじ篠原のアレンジではないかと推測する。篠原は関西レーベルにおける井田一郎役と思えばよい。そして、関西から東京に向けてスマッシュヒットを当てた歌・レコードだと断言してよかろう。昭和初期は在阪レーベル侮り難しだったのである。 (オリエントは日本コロムビア関西文芸部で企画製作をしていた。ニットーは住吉本社で企画・製作をしたほか、東京支社でも吹き込みを行なっていた。) 註) 原曲の"With a Watermelon"というタイトルは、二村定一ディスコグラフィーとして初の集成である「ジャズ・ソングは二村定一から」(大川晴夫 レコード・コレクターズ)に現われた。 実はこれが間違いで、いくら調べてもこのタイトルの曲は出てこない。 正確な曲名は、Con Conrad作曲の"I'm gonna bring a Watermelon"(1924)である。「今夜あの娘に西瓜を持っていこう」というタイトルということになるが、内容はブラックユーモアの加味されたノヴェルティーソングである。 ここに訂正しておきたい。