ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

溝淵浩五郎の独奏

ギターが日本に入ってきたのは明治時代のことである。沢山の声楽家を育てたアドルフォ・サルコリがその普及につとめた。昭和4年に名ギタリスト、アンドレス・セゴヴィアが来日したことが大きな刺激となって、ギターを弾く人やギターのための作曲をする作曲家が徐々に増えていった。SPレコードで聴くことができる古いギタリストには、中野二郎、大河原義衛、月村嘉孝、小倉俊などがいる。

このレコードは、昭和42年に55歳で亡くなった名ギタリスト、溝淵浩五郎(みずぶち こうごろう)が戦前にギターの独奏を録音した珍しいレコードである。溝淵はタルレガやカルカッシのギター教則本を編纂して、現在でもクラシックギターの入門書として広く使われている。また現役のギタリストの多くが教えを受けた。このレコードは昭和10年代中頃、溝淵浩五郎が20代後半のときに録音されたものではないかと思われる。

演奏しているのは現代作曲家、斎藤太計雄のギター曲「幻想曲」(日本風)と「晩秋の調べ」(日本風)である。副題に日本風とあるように叙情性豊かな曲で、武井守成風ではあるが更にモダンなスタイルを採っている。

斎藤は明治37年生まれで、昭和58年に79歳で亡くなっている。東京高等音楽学院で作曲を学び、昭和10年に作品発表会を開いて実力を認められた作曲家である。はじめは剛(つよし)という名前だったのだが改名して太計雄となった。歌曲やオーケストラ作品など共にギターのための作品も残しており、この楽器には特別な愛着があったようである。現在活躍するギタリストのなかには斎藤太計雄に学んだ人も居る。彼は溝淵のギター入門書に序文を書いており、戦前から戦後にかけて両者の間には親密な関係が保たれていたのであろう。

このレコードは果たして市販されたものであるのか不明瞭である。

レーベルは、京都でレコード製作をしていたショーチクレコードである。ショーチクは昭和4年(1929)に京都で創業した「昭和レコード製作所」が昭和9年(1934)に社名を「昭蓄レコード」と改めた経緯があり、福永レコードプロダクション(FRP)とともに数少ない京都レーベルである。昭和15年頃まで市販レコードの製作販売をしたようだが、その消長は定かでない。戦時中に東南アジアに空からばら撒く宣揚レコードの製作を打診されたりもしているから、レコード事業が小規模になってからは個人吹き込みに転じていたのかもしれない。ショーチクの一般ラベルは宣伝盤を称した黒盤でカタログナンバーもケタが違うから、このレコードは恐らく溝淵の個人録音ではないかと推測される。ちなみにこのラベルと同じ赤盤はショーチクでは本盤と称されて価格も幾分高かった。

因みにショーチクのラベルデザインは、1920年代の英Parlophoneのデザインの踏襲である。しかもロゴをひっくり返すとそのままパーロホンのロゴになるという大胆なパクリ加減だ。