ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

今月のラジオ深夜便・SP盤コーナー

遅くなりましたが、今年も宜しくお願い申し上げます。

新年劈頭、日本のジャズに関する本が出版されました。

 瀬川昌久・大谷能生「日本ジャズの誕生」(青土社)

瀬川昌久先生という斯界の大御所と、「東京大学アルバート・アイラー」の大谷能生さんによって描かれた戦前ジャズの世界には興味が尽きません。

日本のジャズ再発見への気運も高まってきたのだと思います。

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今週末、10日午前2時5分〜の関西発ラジオ深夜便の「SP盤コーナー」は、再開第2回目。今回はバイヨンになった「トンコ節」です。

「トンコ節」(西條八十作詞、古賀政男作曲)は昭和24年1月、楠木繁夫と久保幸江の歌ったレコードが発売されたのが最初ですが、そのときはあまり評判になりませんでした。一年ほどして九州の炭鉱かから流行り始め、2年後の昭和26年に加藤雅夫と久保幸江が吹き込んだレコードによって大ヒットしました。時間差で「トンコ節」が流行り始めたとき、創唱者の楠木繁夫はコロムビアを去ってテイチクに移籍していたため、違う歌手で吹き込み直しをしなければならなかったのです。

昭和26年、古賀政男はハワイ、北米を楽旅し、その途中、在留邦人の多いブラジルに立ち寄りました。ブラジルではコンサートを開いたほか、現地の音楽家とも交流しました。交流した音楽家の一人が、現地の現代作曲家、ハダメス・ジナタリ Radamés Gnattali(1906~88)です。

ジナタリは古賀のふたつの流行歌「月夜船」と「トンコ節」をバイヨンにアレンジしました。「トンコ節」は“Meu doce amor”、ポルトガル語で「私の甘い愛」というタイトルになっています。ラベル上では「ジナタリ」ではなく「ナッタリ」となっていますが、サウンドは明らかにジナタリの作風であり、片面の「月夜船」ではジナタリとおぼしき軽妙なピアノも加わっています。

ジナタリはイタリア系ブラジル人で、クラシック音楽、ポピュラー音楽の垣根を超えて幅広い作曲活動を行なった作曲家です。特にアントニオ・カルロス・ジョビンの才能を発掘して世に出るチャンスを与え、ボサノヴァが生まれるきっかけを作ったことで知られています。この「トンコ節」も、原曲の賑やかな雰囲気を残しながら民族色豊かな味付けで、軽やかで美しいバイヨンに生まれ変わっています。プレ・ボサノヴァの雰囲気さえ漂う、とても楽しいレコードです。

レコードでは女性三人組のコーラスが歌っています。バックで演奏しているのは、ショカーリョ、トリアングロ、タンボールというブラジルの楽器とフルート、バスクラリネット、電気ギター、アコーディオンからなる伴奏。ショカーリョはたくさんの金属の薄い板がついた楽器でシャカシャカと振って音を出します。トリアングロはトライアングル、タンボールは太鼓です。

アルベルト・リベイロの作詞、古賀政男の作曲、ハダメス・ジナタリの編曲で、「トンコ節」“Meu doce amor”。トリオ・マドリガルのコーラス、コンチネンタル楽団の演奏。

昭和27年の録音、翌28年に発売されたレコードです。一説によると古賀政男がブラジルを訪れたときの録音といわれています。