ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

Franz von Vecsey

フランツ・フォン・ヴェチェーFranz von Vecsey(1893-1935)の名を知ったのは、ご多分に漏れず中村稔氏の「ヴァイオリニストの系譜」(音楽之友社)によってであった。氏の的を得た、確信に満ちた簡潔な文章で、僕は実際に聴いていないときからヴェチェーのファンだった。

フォン・ヴェチェーはフバイの門下生の中では、ヤン・クベリックに並ぶ名声を得た。ただその名声は神童時代のもので、成人してからはエルマンやハイフェッツらアウアー系、またクライスラーやフーベルマンの人気に押されて目立たない存在であったという。

彼は1900年代初頭にイタリアのフォノティピアとGramophone社に、1920年代半ばに独逸のVOXへ、さらに1930年代にDeutsche Grammophonに録音を残した。そのいずれもが聴かせる演奏である。神童が光を失わず円熟の域に達したことは、晩年のドイツグラモフォンに録音したベートーヴェンの「ヴァイオリンソナタ 第三番 変ホ長調」や、シベリウス、パルムグレン、レーガーの小品の深沈とした味わい深い弾きぶりが証明する。

ここに挙げたのは、師フバイのヴァイオリン曲「クレモナのヴァイオリン製作者」である。この曲はフバイの自作自演もあるが、ヴェチェーの張りのある神秘的な演奏は、この曲のベストではないかと思われる。これはFonotipiaの原盤を独逸のOdeonがプレスしたレコードである。片面のPaganiniの"Caprice No.14"も心地よい演奏だ。

VecseyのFonotipia盤に、Paganiniのコンチェルトのカデンツァという代物がある。確かにラベルにはヴェチェーの名が刷られており、Fonotipia特有の自筆サイン判子も押してあるが、実はこれはヴェチェーの演奏ではなく、ヤン・クベリックの吹き込みである。もっとも間違いこそあれど、このレコードも相当面白い。(ちゃんとクベリック名義のレコードも存在する)

ヴェチェーはヴァイオリン小品の作曲家としても知られた。SPレコード時代には、ほんの僅かだが"Chanson Nostalgique""Wasserfall(Cascade) がレコーディングされている。同じフバイ門下でニューヨークを中心に活動していたヴァイオリニスト、Harry SollowayがDGに録音したCaprice No.1は火花の散るような曲であった。

なおSollowayは「クレモナのヴァイオリン製作者」やフバイ編曲の「カルメン抜粋曲」も録音している。いずれも日本ポリドールでもプレスされ、昭和初期に一異彩を放つ渋いレコードであった。