ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

新著『SPレコード入門』上梓に当たって

5月16日(月)、いよいよ新著『SPレコード入門 基礎知識から史料活用まで』(スタイルノート)が発売されます。

www.stylenote.co.jp


書名のとおり、これはSPレコードのガイド本です。

アナログブームの到来によってLPレコードの指南書は数多く世に放たれましたが、アナログでも最右翼のSPレコードに関しては「趣味道楽」という高くけわしい壁に阻まれて、なかなかポピュラーな存在にはなれませんでした。

ありそうでなかったのがSPレコードのガイド本なのです。
何が人をしてSPレコードを遠ざけるのか? その要因を切り分けて構成したのが本書です。

①扱い方

SPレコードを見たとき固まってしまう。まずどうしていいか分からない
先祖が持っていた、人から貰った、古いものに興味があって骨董市で買ってみた、自分の属する博物館で寄付を受けた…さまざまなシチュエーションが考えられますが、埃をかぶったレコードを見たとき、まずどうしたらよいかを提示しました。
レコードコンサートを長く行なっていると、しばしばSPレコードを初めて見た、という方に遭遇します。「触ってみていいですか」「持ってみていいですか」という方も多い。興味はあるのです。でも、いざ持つとなるとこわごわで、「どうやって持ったらいいんですか」ということになる。
私はコンサートでレコードを片手に持ったまま結構動きながら話をするので、ちょっと見かんたんに思えますが、初めて持つとなるとやはりその手加減が分からないもの。なので、一番の基本「持ち方」から書きました。レコードを持たないと洗うこともできませんから(いっときドラマで話題になったから取り上げたわけではありません)。
持ち方にしても洗い方にしても、厳格なルールが存在するわけではありません。「これはしない方がいい」という緩い縛りを設けた程度です。趣味の沼に嵌った人にはしばしば自分のルールを絶対正義と信じて他の考え方を容認しない向きもありますが、趣味はそんなにガチガチに固める世界ではないと考えています。「自分なりの持ち方」「自分の洗い方」がある人を否定するものではありません。

②全てがややこしい

SPレコードとひと言でくくっても、その中身はややこしい。まず日本盤と海外盤がある。いろんなレーベル(レコード会社)がある。レーベルは系列で分けられることもある。そのあたりまではアナログブームで周知される圏内ですが、SPレコード時代のレーベルの多さがまず半端ない。
1877年にトーマス・アルヴァ・エジソンが蓄音機を開発した当初は筒状のシリンダー式レコードで、1887年にエミール・ベルリナーが平らな円盤のディスク式レコードを開発しました。シリンダー式とディスク式レコードがそれぞれの発展を遂げるのです。そうしてディスク式が主流を占める1910年代からSPレコードの生産が終了する1960年頃まで実に50年もこのディスク式レコードが音楽記録媒体に使われるのです。ややこしいに決まっています。
この本では必要最低限の「世界レコード史」「日本レコード史」を設けました。ややこしい部分をやさしく紐解いてなるべくスマートなレコード史にしたつもりです。またレコード史に付随して主要なレーベルについて述べました。アメリカ発祥のレーベル、英国発祥のレーベル、ヨーロッパのレーベル、日本のレーベルさまざまですが、そこも汎用性を考慮して主要なレーベルを取り上げて解説しました。このあたりの項目で、「犬と蓄音機」の商標で有名なグラモフォン社が20世紀初頭にいかに多国籍企業を構築したか、日本がグローバルなレコード産業の渦中でどのような役割を果たしたかを知ることができるでしょう。

③どうしていまSPレコードなの?

SPレコードが置いてあるのは中古レコード店や骨董店です。古いものということに変わりはありません。では、この骨董レコードが現代とどう密接につながってくるのか?を述べました。単刀直入にいえば、SPレコードはいまや歴史史料なのです。サブタイトルに「史料活用」の字を入れたのはそのためです。現在、SPレコードのデータベース化は世界規模で広がっています。日本にも日本文化研究所(日文研)の「浪曲SPレコードデジタル・アーカイブ」や日本伝統音楽研究センターの「SPレコードデジタル・アーカイブ」があります。また国立国会図書館は「歴史的音源(れきおん)」を配信していますが、これは世界的にも珍しいレコード業界団体による音源のデジタル化公開音源です。国立国会図書館はそこそこの量のレコード月報や目録類もデジタルコレクションでインターネット公開しており、その数は向後増えてゆく見込みです。
つまり、歴史的な音源や音盤を用いる研究に必要な一次資料にアクセスする手段が現代は豊かになりつつあります。
かつてポピュラー音楽史にしてもクラシック音楽にしても、論文類に援用されるのはLPレコードやCDに復刻された音源でした。日本のジャズ・ポピュラー史の分野はそれが特に顕著で、学者の間では評価が高くてもコレクションしている側からみると「アレを聴いてないのか!?」なことは多々あったのです。この20年で学問と趣味の垣根は大きく下がりました。多種多様な復刻CDが現れ、戦前の音楽シーンが従来復刻されていた音源ではかるよりもはるかに豊かで広範な世界だと知られるようになったからです。使うことができる資料が多ければ、論文の帰結もまた変わってくることは言うまでもありません。
SPレコードのデータベースにも同じことがいえます。あまりにも趣味性が高いがゆえに一次史料として扱いづらかったSPレコードを歴史研究の俎上に上げる時代がやってきたのです。
そうしたことをこの本の第五章で述べました。

 

この3つの問題が本書の柱となっています。入門書として、はじめの方は初心者向けでだんだんと上級者向けの内容に進んでゆきます。
もっとも、何が初級で何が上級という決まりもないので、興味を持ったどこからでも読んでくださって結構です。

 

この種の書物、ところどころに豆知識的なコラムを挟む形式の本がままありますが、本書ではSPレコードの諸知識は「SPレコードの基礎知識」と「SPレコード用語集」にまとめました。一冊の本の中に知りたいことがバラバラに散らされていると実用的ではないからです。

同様に使い勝手を考慮して索引を付けました。


皆さんのSP盤ライフがより充実したものになりますよう。