ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

SWINGTIME聞きどころよもやま話

本日、日本コロムビアより戦前ジャズ復刻「スウィングタイム Swing Time"」がリリースされました。

曲目はすでに公表されていますから、それに沿って聴きどころをご紹介します。

まず初っ端は二村定一です。

彼の出世作である「アラビヤの唄」「あほ空」は、これまで78回転で復刻されていたものを、当時のニッポノホン系の回転数である80回転を考慮しつつ音程上の考察を重ねて、聴覚的に自然な回転数に改めました。

回転数についての作業は保利透君が行なってくれました。おそらくこれをお聴きになって、これまでの「アラビヤの唄」「あほ空」と異なる印象を受けられると思います。二村定一も天野喜久代も実に自然な唄声に生まれ変わりましたし、学生バンドの演奏も、聴き慣れていた78回転より活き活きとしています。音の分離もよく、バンドの編成を聞き分けることができます。

「ヅボン二つ」は拙著の二村定一伝記でも取り上げましたし、けっこう古く…20年近く前から注目していた二村の元気ソングです。この唄の泉が湧くような魅力は、じっさいにCDを聴いて感じていただきましょう。

昭和6,7年のコロムビアの録音システムは復刻がなかなか厄介なのですが、保利君の努力で大変みずみずしい、生々しい唄声となりました。次の「エロ草紙」と同様、口跡がサ行の鋭さまで再現されており、得心の音質です。

「エロ草紙」はクレズマー音楽を基調としたアメリカン・ナンバーです、榎本健一との絡みをたっぷりお楽しみください。芦田満のクラリネットをフィーチャーしたコロムビア・ジャズバンドのスリリングな演奏もすばらしいです。日本におけるクレズマーの演奏史を振り返るとき、必要不可欠な演奏です。

「百萬円」はご存知の方が多いでしょうね。二村定一の表現力の広さを示す名唱?です。エロ・グロ・ナンセンスを体現する二村定一の芸をご堪能ください。

バートン・クレーンは「天の岩戸」などほかにも好きな曲がありましたが、絞りに絞って「雪ちゃんは魔物だ」1曲を象徴的に収録しました。比較的状態の良いレコードから、保利君が明晰で力強い音質の素晴らしい復刻をしてくれました。既復刻との比較をおすすめします(優劣の話ではありません)、また異なったバートンの魅力が見いだせるでしょう。

川畑文子はテイチクの"SWING GIRLS"で存分においしいところを復刻したので、コロムビア篇は初期の録音から極めつけを2曲だけ頂きました。レアな音源は今回は這般の事情で見送らせて頂きましたが、当シリーズの次回篇があれば…。

なお、バートンの「雪ちゃん」、川畑の2曲、二村・エノケンの「エロ草紙」には芦田満のクラが大活躍しています。

伝説のミッヂ・ウィリアムズも未復刻の2曲から1曲だけ収録ししまた。このシリーズが好評ならもう一曲もCD化しようという魂胆です。なので皆さん、どんどん買ってください!

ミッヂのヴォーカルについて云々するのは烏滸がましい。すばらしいもんです。解説にちょっと書きましたが、同曲をテイチクの川畑文子と比較してみてください。そのひとことで充分です。川畑が下手なんじゃない。ミッヂが上手すぎるんです。

ちなみにこの録音で聞こえるトランペットの大半は小畑益男。ミッヂのコロムビア録音で南里のソロが聴けるのはごく僅かです。私感ですが南里の代わりに橘川正が第二ペットに入っている録音もあるように見受けられます。

ベティ稲田は、僕の好きなナンバーから3曲おさめました。

まず「誰かあなたを」。これは一時期ベティの夫だったディック・ミネものちに歌っているので、夫婦の競演という意味合いからどうしても入れたかった。それで、テイチクの"Empire of Jazz ディック・ミネ」にもわざとこの唄を入れてます。CD上に建てた比翼塚のつもりです。

「君なき日」はすでに復刻されていますが、ベティのクールな魅力の発揮されたナンバーをぜひ正規にコロムビアから、という思いで収録しました。このディスク、録音レンジがダイナミックなので復刻には手こずったろうと思います。

クロード・ラファム(当時の表記はラプハム)はアメリカのレコードディレクターでアレンジャーですから、いかにもアメリカンな音作りをしていますね。ただジャズアレンジャーではないので、ジャズという観点からみれば服部や仁木のようなホットなナンバーが少ないのが残念です。彼は佐渡おけさをテーマとした「ピアノ協奏曲」を自作自演でレコード化(米ビクター)しているようにクラシック志向だったので、そのアレンジは技法的には堅実ですが大向こう受けのする意外性に欠けます。ただし作曲家としては、ナカノ・リズム・ボーイズを起用したジャズコーラス物に見るべき作品が幾つかあります。

「恋の占ひ」はアメリカンな若々しい感覚にあふれたナンバー。ベティの明朗な気質の一面を伝えるものとして選びました。

マドレーヌ藤田についてはいささかこのブログでも述べ過ぎたきらいがありますが、ぜひ復刻したかったシンガーのひとりです。できれば向後、ほかの録音もCD

化したいものです。ただ単に藤田嗣治の妻だったというだけではない。彼女のシャンソンがほんとに上手いんです。このCDにはドイツ生まれでフランスでも流行したヨーロッパ・タンゴ「雨の夜に」を入れました。アレクサンダー・ダンス管弦楽団のレコードとしても珍しい代物です。

リキー宮川は岸井明と同じく、今日ふたたび注目さるべき存在でしょう。3曲を収録しました。彼のスマートでやさしい風合いを味わってください。いずれも初復刻のナンバー。特に映画「踊るブロードウェイ "Broadway Melody of 1936"」の"I've got a Feelin' You're Foolin'"を服部良一のしゃれたアレンジで歌ったレコード「あゝ馬鹿みた」をCD化できたのは嬉しいことです。

拙著「ニッポン・スウィングタイム」では紙数の関係で戦前ジャズのいくつかのジャンルを割愛せざるを得ませんでした。そのひとつがジャズコーラスの分野です。

コロムビア・ナカノ・リズム・ボーイズの多くの録音からは、ジャズコーラスの機能性が発揮されたナンバー「夢だネ」、戦時下の風刺ソング「つもりつもりだ」を、コロムビア・ナカノ・リズム・シスターズはボズウェル・シスターズのレコードと縁が深い「もしもし亀よ」と、秘蔵の戦時ジャズコーラス「スパイは躍る」、志村道夫に清冽なコーラスをつけた「小川のほとり」を選びました。後者は1940年のアメリカン・ヒットを翌年、開戦直前に発売した点、興味深いディスクです。くわしくは解説書をご覧ください。

レイ・エ・シスターズの"Diga Diga Doo"は昭和な雰囲気ですが、20代の姉妹コーラスの若々しさがリアル。

少女歌劇からはかろうじて3曲だけ入れることが出来ました。欲を言えばきりがありませんが、ベストを入れようと思ったら自然、「ぶるう・むうん」「ワンダー・ラグ」「ビッグ・アップル」に落ち着きました。もう一曲入れるとしたら「君は素敵だ」か「黄色いバスケット」あたりでしょうが、入れたいディスクが目白押しでしたので、3曲に止めました。

この調子で書いていてはとても終わらないことに今、気がつきました。すっ飛ばして書きます。

ラテン系ミュージックの分野では、正規の復刻を切望していた「祭のルムバ」(杉井幸一)、「南米の伊達男」(森山 久)を入れました。「祭りのルムバ」は、有名なアメリカ産ルンバ=フォックストロット「お祭り気分で "Fiesta"」が有効に用いられていますが、これは井田一郎の魔法で、原曲が未詳です。キューバン風の美しく哀しいメロディー。「南米の〜」はハリー・ロイ楽団の大味な演奏を服部良一がきゅっと引き締めたタイトなアレンジがいいし、なんといっても森山久のワイルドなヴォーカルが海外盤をも凌いでいます。郷ひろみにカバーしてほしい曲です。

コロムビア・リズム・ボーイズの「古い仲間だ」はキューバ風ののどかなコーラスで、日本のレーベルが戦前すでにワールド・ミュージックへ意欲的に手を伸ばしていたことに感心するやら呆れるやら。原曲はわかりませんでしたがトリオ・マタモロスあたりの録音を根気よく探せば見つかる筈。

ジャズ・ヴォーカルの精粋としては、宮川はるみの「恋の街」(初復刻)、絶品「唄へ唄へ」を選び、さらに僕の一押しとしてドリー藤岡がたった一面、日本に残していった「懐しの河畔」を入れました。

宮川はるみはレコード人気では川畑文子やベティの後塵を拝しましたが、実力面ではベストです。「恋の街」の大人なラヴ・ソングぶりは彼女のファンを増やすことでしょう。「唄へ唄へ」はこの手のアンソロジーでは欠かせない選曲。今回の復刻でギター含むリズムセクションまで立体的な分離で、バンド構成が手に取るように分かります。分離もいいのですが、もうひとつ良いのは、1937年当時の空気を余すところなく伝えているところです。当シリーズで復刻技術的に重視されている(と僕が思う)のは、録音された時代の空気をも再現している点です。

ドリー藤岡の「懐しの河畔」は、彼女がたった一面のみ残した録音とはいえ、宮川はるみのベストをおびやかすディスクです。このドリーの"Where the Lazy River goes by"に仁木他喜雄がつけたアレンジは、ミッヂ・ウィリアムスとテディ・ウィルソン楽団の名ディスクの風味を入れていますが、オリジナリティの高い傑作です。ミュートをつけた小畑益男のペットが素晴らしい。

小畑のペットが素晴らしいのは、「ボレロに寄せて」。なんと"Begin the Beguine"の日本初カバーです。すでに復刻されていますが、音質比べと解説の読み比べも一興でしょう。(僕は既復刻の方を持っていないので実は少々気になっています。)

戦前派トランペットの活躍がこのCDではふんだんに聴けるのですが、ベン斉藤と呼ばれて愛された斉藤広義の音を聴いて頂きたくて「ラッパと娘」(笠置シヅ子)、「別れても」(鈴木芳枝)を入れました。後者は仁木他喜雄の傑作ブルース。なお私感ですが、服部良一の作風をわざと取り入れたのではないでしょうか。ブリッジ部分など服部そのもののアイデアです。

インストは従来から傑作として名高いナンバーが並んだ感がありますが、しかしいずれもコロムビアの正規盤として出したところに意義がありますし、音質そのものも素晴らしい仕上がりとなりました。

特にお願いして、服部良一がアレンジしたスロー・スウィングの「追分」を入れて頂きました。ここには服部のスウィングに対するイデーが凝縮されています。

ワイラナ・グラス・シャック・ボーイズは「夢の薔薇 "Gypsy Dream Rose"」とどちらを入れるか悩んだのですが、またWaikiki Serenadasの"Bei mir bist du schoen"

でもと悩んだのですが、ディスク後半の白熱ぶりに押されて"St.Louis Blues"に決めました。色川武大ファンの方がいらっしゃれば、この演奏にジェリー来栖(ギター)の音が聞こえるのは嬉しいのではないでしょうか?

ヴォーカルがすこし入っていますがヴィック・マックスウェルとコロムビア・オーケストラの「酒は涙か」は完全に埋もれていた幻のニッポン・スウィングです。戦前期のビッグバンド演奏の頂点を示しています。

駆け足でしたが、選曲・監修者としての立場からディスクの選定理由や、ここをこう聴いたら面白いかも」という点を述べて見ました。もちろん、お聴きになる皆さんがそれぞれ個々の感想をお持ちになることでしょうし、それが音楽の楽しさです。ぜひお聴きになったあとの感想をお聞かせください。そうしてレーベルさんへもどしどし「もっとこんな復刻を」という声をお寄せ下さい!

来たる20日には保利君と荻窪・ベルベットサンで「ニッポン・モダンタイムス」シリーズの打ち上げ的イベントを行ないます。そちらもぜひ。

最後に…前奏でかすかに聞こえる歌手の鼻唄にも注目。たとえば川畑文子の「ひとりぼっち」、秋月恵美子の「ぶるう・むうん」です。