ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

意想曲一九三六年

「意想曲一九三六年」服部良一 作曲・指揮 クリスタル交響楽団

1935年7月新譜。

日本のガーシュインを志ざした服部良一がシンフォニック・ジャズの手法を駆使した意欲作。「来年の日本と世界の姿を交響曲にまとめてレコードの表裏に吹き込んだ大作」と自伝「ぼくの音楽人生」に記している。

当時、服部は大阪住吉に本社を置くニットーレコードの東京支社の音楽監督を務めており、ニットーレーベルと1935年に新設されたクリスタルレーベルで作曲・編曲・指揮の仕事をこなしていた。リムスキー・コルサコフ直伝のオーケストレーションを学び、西洋音楽への思いを断ち切れずにいながら流行歌やジャズ、ダンスレコードを手がけていた服部がクリスタルレーベルでその夢を結実させたのが、「意想曲一九三六年」であった。彼は「昭和11年の日本と世界の姿」を描こうとこの作品を作曲した。

この、服部作品では初の2管編成からなる管弦楽曲は実にどっしりとした書法で書かれている。冒頭の雅楽風な響きに続いて「ヴォルガの船歌」やチャイコフスキーの『スラヴ行進曲」のメロディーが断片的に現われ、スリリングな展開部には軍歌「戦友」が登場して変奏を繰り返す。後半部では「君が代」の一部や進軍ラッパ、「海ゆかば」のテーマが引用されるのが昭和11年という年の的確な予測になっている。

演奏をしているクリスタル交響楽団は、新交響楽団にトラを加えた編成で、斎藤広義trumpet や谷口又士tromborne などジャズメンが加わっているのが特徴である。演奏はしたがって、当時の新響の他の録音を彷彿とさせるような、綿密な美しさと練達なリズム感を表現するのに成功している。服部の指揮はきびきびとしている。惜しいのは、録音システムのためかオーケストラのサウンドが厚みに欠ける点だ。しかしこの当時、メジャーレーベルでも行なわなかった邦人オーケストラ曲の録音を(テイチクの大木正夫作曲「五つのお話」と共に)いち早く行ない、ある程度の好評も得たという点で評価されるレコードである。