ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

『ニッポン・スウィングタイム 戦前のジャズ音楽』発売のお知らせ

2021年7月7日にリリースされるビクターエンタテインメントの新譜『ニッポン・スウィングタイム 戦前のジャズ音楽』は、拙著『ニッポン・スウィングタイム』(講談社 2010年/絶版)に端を発した復刻シリーズから約10年を閲して出現した戦前ジャズのオムニバスです。vol.1という数字が示すようにこれはシリーズの一作目であり、大規模な戦前ジャズ復刻としては、LP時代の『日本のジャズ・ポピュラーの歩み 戦前編』(ビクター音楽産業 SJ-8003-1/10  1976年)以来の企画です。

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今回のオムニバスでは、サブスクリプション・サービスとして全世界に音源の門戸を開くことを前提として、『日本のジャズ・ポピュラーの歩み』やその他の復刻集を参考にしながら再編しました。日本のジャズ・ポピュラー音楽史に沿いながら、監修者の観点より従来あまり顧みられなかった楽団や和製ジャズソングにも選択の幅を広げました。


たとえばアーネスト・カアイ・ジャズバンドは1910〜20年代の、当時でもやや古くなっていたナンバーを面白い歌詞やアレンジによって楽しくレコーディングしています。1930(昭和5)年に来日したウェイン・コールマン・ジャズバンドは従来、手堅いダンスバンドとしてのみ日本ジャズ史のなかで知られてきましたが、実際に演奏したプログラムや特にビクターに録音したラインナップからは最新のトーチソングを1930年代のアメリカの流行に従って演奏していることが分かります。そのシンガーにも打越昇(湯浅永年)や武井純(平間文壽)といった、ビクターの洋楽の黒盤で聴くような声楽系シンガーを多用しました。コールマン楽団の人気を考えれば、その演奏がジャズ的でない、通り一遍という評価は不当に低いものと言わざるを得ません。

 

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このオムニバスではヨーロッパの映画主題歌やルンバ・タンゴなどラテン系のテイクも含んでいます。LPセットの『日本のジャズ・ポピュラーの歩み』ではジャンルごとに編まれていたのを、比較的時系列に忠実に編みこみました。昭和7年とか昭和14年とか、或るひとつの時期に同時にどのような音が鳴っていたかを示したいと思ったからです。その考えは「戦前のジャズ音楽」というタイトルにも現われています。

〈軽音楽という言葉が昭和10年代に普及するまで、およそ洋楽という洋楽はジャズと呼ばれるきらいがあった。おおむね大正期以降に日本に入ってきた新奇なリズムやメロディーは、日本人の度肝を抜いたジャズにならってルンバでもハワイアンでも欧米の映画主題歌でも何でもかんでもジャズにしてしまった。昭和初期のことである。ご老体が「ジャズはいいねェ」と言っているのがタンゴだったりする。甚だしい場合は安来節の伴奏にクラリネットが一本入っていただけでジャズである。ハーモニカの合奏などいうまでもなくジャズ扱いだ。そういう懐の広さと何もかも咀嚼した先達に敬意を表して、「戦前のジャズ音楽」というアバウトなくくりでオムニバスを作ることにした。〉(序文より)


オムニバス全篇、この感覚を大切にして、なるべく時代感の出ているテイクや当時の流行に忠実に作られた・アレンジされたテイクを採りました。泡沫的な映画主題歌『街の囁き』や他シリーズに収録されている『碧きドナウ』が入っているのもその理念に沿っています。

 今回のオムニバスでは、じゃまにならない程度にレコーディング時の編成やパーソネルにも触れました。その時々のアレンジとアレンジャーに関しては言うまでもありません。昭和初年から太平洋戦争開戦前夜までのサウンドの変遷、フィーリングや演奏水準の向上という点でもきっと楽しめることでしょう。いま挙げた小林千代子の『碧きドナウ』は、1930年代半ばからアメリカでブームだったクラシック音楽のスウィング化に大きく影響されています。具体的には映画『世界の歌姫』(1936)で同曲を歌ったリリー・ポンスや、ジョセフィン・トゥミニアが高度な技巧で歌い上げてカタルシスを感じさせるジミー・ドーシー楽団のデッカ録音(1937)をカバーした興味深いテイクです。

『戦前のジャズ音楽』シリーズの特徴として特筆したいのは、ピッチ調整とリマスタリングによって現在望みうる限り聴きやすい音質を目指し、かつ録音年月日と発売(新譜月)などのデータを完備した点です。それから原曲やカバー元の解明など解説にも力を注ぎました。「聴くジャズ音楽史」で『ニッポン・スウィングタイム 戦前のジャズ音楽』あると同時に、「読むジャズ音楽史」としても愛玩していただければ幸いです。