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ニッポン・スヰングタイム

著作やCD制作、イベントの活動を告知します。戦前・戦中ジャズをメインとして、日本の洋楽史について綴ります。

GW二村定一特集③

GW二村定一集中特集③

来たる8日(日)の江戸東京博物館での『浅草オペラ100年と二村定一リスペクト・ショー』では、シンポジウム形式のトークショウと青木研&渡邊恭一のSwingersで二村定一の魅力を掘り下げる計画です。

なんといっても昭和初期のべーちゃんはレコード歌手として飛ぶ鳥を落とす勢いであり、その勢いはエノケンとコンビを組んでから出演したエノケン映画でも健在でした。

二村定一が出演したエノケン映画は次の作品です。

・「シネ・オペレッタ エノケンの青春酔虎傅」(昭和9年5月4日封切) P.C.L.

・「エノケンの魔術師」(昭和9年10月25日封切) P.C.L.

・「エノケン近藤勇」(昭和10年10月11日封切) P.C.L.

・「エノケン十八番 エノケンのどんぐり頓兵衛」(昭和11年1月31日封切) P.C.L.

・「エノケンの千萬長者」(昭和11年7月21日封切) P.C.L.

・「續エノケンの千萬長者」昭和11年9月1日封切) P.C.L.

・「エノケンの江戸っ子三太」昭和11年12月31日封切) P.C.L.

・「エノケンのちゃっきり金太 前編」(昭和12年7月11日封切) P.C.L.

・「エノケンのちゃっきり金太 後編」(昭和12年8月1日封切) P.C.L.

・「エノケンのびっくり人生」(昭和13年12月29日封切) 東宝

・「エノケンのがっちり時代」(昭和14年1月4日封切) 東宝

・「エノケンの彌次喜多」(昭和14年12月29日封切) 東宝

 

エル・ブリヤント=エノケン一座は松竹専属であったため、映画製作はP.C.L.(のち東宝映画)が一座を借り受ける形で行なわれました。松竹座の舞台がハネた後、徹夜でセット撮影が行なわれ。午前中にオープン撮影、撮影が済むと車で淺草まで飛ばして午後から舞台に出演するという、一座にとっては過酷なスケジュールでした。しかし浅草や新宿でなければ見られなかったエノケン一座の喜劇がスクリーンで見られるとあって、映画は好評裡に受け入れられ、「江戸っ子三太」や「びっくり人生」「がっちり時代」「彌次喜多」はお正月映画として持て囃されたのでした。

エノケン映画に対する映画評は「あまりにも映画的でなさすぎる」という辛口の批評が多かったのですが、P.C.L.は日本全国の観客にエノケンの舞台を届けようと意識してピエル・ブリヤントの舞台に近いイメージを映画化したといいます。エノケン一座のメンバーが一同勢揃いしているのもそのためで、二村定一の存在もエノケンとの確執が深まるにつれ軽くなってはいきますが、一連のエノケン映画に欠かせない重要なバイプレイヤーとなっています。

今回はざっと映画でみる二村定一をまとめてみます。

これらの映画での、特に初期の作品での二村定一の存在意義はヴォーカルに傾きがちでした。第一作「青春酔虎傅」は冒頭で「イエス・イエス "Yes, Yes!"(1931)」が流れますが、その第一声は学生と言うには薹が立ちすぎているべーちゃんの歌声です。第二作「エノケンの魔術師」では何故か二村定一の出演シーンがまるごとカットされたような痕跡がみられますが、第三作「近藤勇」では桂小五郎という大役で「侍ニッポン」や"Lullaby in Blue"を歌いあげています。この「近藤勇」での二村は剣戟シーンも颯爽としていて、斬られた刺客が倒れながら二村の刀を懐紙で拭うというギャグにちょっとニヤけるべーちゃんが見ものです。

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この宣伝用スナップでは幾松(千川輝美)が刀を拭っています。

 

エノケンの千萬長者」は二村定一がもっとも輝いた作品です。なにしろべーちゃんがヨタ歌手・三田の役をつとめているのですから。この映画では、デパートのアトラクションでの「唄は廻る "The music goes 'round and around"(1935)」、江木三郎(エノケン)、おとし(宏川光子)とチェーサーで歌う「二人の心さえ  "Life is a Song"(1935)」やエノケンとのミンストレル・ショー、キャバレーでお雪(高清子)と歌う「うぶな二人のように  "I've got a Feelin' You're Foolin'"(1935)」と、聴きどころがたくさんあります。二村の役どころも付け足し的なものではなく、主役の江木三郎=おとしカップルと別の人生を歩むさまが織り込まれ、エノケンが富豪の実家に帰られるようにする橋渡しをつとめます。

「どんぐり頓兵衛」では香具師エノケンの乾分・団九郎、「江戸っ子三太」は三太(エノケン)の兄貴分・清吉で、いい声で唄は歌いますが、むしろキャラとして 引き立っています。おおむねこの頃、二村定一エノケン一座で演出を手掛けるなど、演劇志向を見せていました。そんなことが唄だけでなく演技でも…という映画での立ち位置に影響しているのかもしれません。「ちゃっきり金太」はずたずたにカットされた総集編で、二村の出番も僅かに飴屋の三次=実は徳川方のスパイとして飴売りの唄をちょこっと歌うほかは、金太を自室に匿ったり終わりへんにチャンバラを演じたりしています。重いのか軽いのかよく分からない役どころですが、この映画が撮影された昭和12年にはエノケンとの確執が公然となっており、主役のエノケンとの距離感が役どころにも反映されているように思えます。

昭和12年10月に二村定一榎本健一一座を脱退して小林千代子の一座「プレイ・ボックス」に加入しますが、翌13年6月にエノケンの許に復座します。これは、榎本健一一座が松竹から東宝へ移籍したタイミングでもありました。そうして撮られたのが「エノケンのびっくり人生」「エノケンのがっちり時代」で、落ち目の売れっ子俳優の役です。現実の二村定一が反映しているかのような嫌味な役柄で、ここでの二村はかつてのようなエノケンと和気あいあいな間柄ではなく憎まれ役です。それでも「別れのブルース」やミュージカルのナンバーが聴かれるので貴重。この二本が封切られた昭和13,14年には二村はもうレコードを吹き込んでいません。

二村の最後の出演作は「エノケンの彌次喜多」です。前の映画からこの時(昭和14年)までに二村定一は「笑の王国」や「松竹楽劇団」の引き抜き工作で揺れ動いており、一座での重要度もガタ落ちに落ちていました。「彌次喜多」では二村はもう自慢の喉を聴かせるシーンすら殆どなく、しかも途中で旅をばっくれてしまいます。如何なる事情があったのか分かりませんが、エノケン・フタムラと人気を謳われたコンビの結末は銀幕上では淋しい幕切れとなったのでした。昭和15年、二村定一はいくつかの仕事を榎本健一と共演してふたたび関係を絶ちます。戦後の昭和23年、榎本健一満洲から帰った二村定一を一座に迎え入れますが、その翌年、二村は48歳で亡くなりました。

 

8日の「浅草オペラ100年と二村定一リスペクト・ショー」をどうぞお楽しみに!

 

春のぐらもくらぶ祭り2016 『浅草オペラ100年と二村定一リスペクト・ショー』

場所:両国・江戸東京博物館ホール(JR・大江戸線両国駅下車・東京都墨田区横網1-4-1
開催日:5月8日(日曜日)
開場:14時00分
開演:14時30分
入場料:前売り2.000円、当日2.500円

★前売り券はチケット・ぴあにて好評発売中!!!
Pコード:292760・興行コード:1611812
http://ticket.pia.jp/pia/event.ds?eventCd=1611812

主催:ぐらもくらぶ/協賛:活動写真実演会・メタカンパニー・えにし書房
<お問い合わせ>
メール:gramoclub78@gmail.com
電話:03-5273-2821(メタカンパニー内)
オフィシャルサイト:http://d.hatena.ne.jp/polyfar/